第2話 死に神来たる

「うわっ!」

 ドスのきいた声でどなられて、シスカは思わず、ぬいぐるみを放り投げそうになる。

 しかし、それより早く、ぬいぐるみの額の辺りから青白い煙が出て、部屋の中に影を形作る。何か、レース素材の真っ黒な布を頭からすっぽりかぶった、着物姿の大人の女が、シスカの目の前に現れた。

「何なのっ!?」

 思わず手近にあるリモコンをとるシスカ。

 だが、ピンクのネグリジェですごんでも迫力はないらしく、相手はふふんと鼻で笑っただけだった。

「ひとんちに勝手に入ってくるなんて! 警察呼んじゃうんだからね!」

 震える手でケータイをうかみ、番号を押そうとしたところで、侵入者がこちらに向けた指を軽く動かし、招くような仕草をする。ケータイはすっと宙を飛んで、彼女の手に握りつぶされてしまった。

「あぁっ!」

 ママに怒られる。

 というか、それどころじゃない、今は。

「いきなりキスしやがった、お礼だよ」

 やっとしゃべった相手を、シスカはきっとにらむ。

「死に神にたてつくと、死ぬとき楽に死ねないよ」

 彼女はどうやら、死に神のようだった。自称だから確実じゃないけど、少なくとも普通の人間じゃない。七色に染め分けられた長い髪には、白い蛇がからみついていて、ときどき赤い舌をちろちろさせている。

 シスカはまだ十四だけど、「運命を変える大きな出来事」は、間違えて一年早く来てしまったのだろうか?

 しかも、「死に神」だなんて、縁起でもない。

 まだ十四年しか生きてないのに!

「もしかしてアンタ、私の命……取りに来たの?」

 おそるおそる訊いたシスカに、死に神は、にやりと笑ってうなずいた。

「いかにも。ただし、あたしは非情の死に神族の中でも、いっとう心優しいマリヤル・ハデス様だから、アンタに事前通告しにきてやったのよ。きっちり、一年も早く、ね」

 宇宙の柄の真っ黒な着物の背中から、白く光るカマを取り出し、シスカにつきつけて言う。

「一年早く、ってことは……」

 シスカは、今からちょうど一年後の、自分の誕生日に死ぬ運命なのだろうか。

「うそ……いや、そんなの……」

 だって一年後、十五歳になったシスカには、すてきなことがたくさん起こるって、ずっと信じ続けて生きてきたのだから。

「いやって言われたってねぇ。若かろうが年寄りだろうが、決められたとおりに命をいただくのが、あたしたちの仕事だしぃ」

 マリヤル・ハデスは、ぽりぽりと耳をかいて、困ったような仕草をする。あくまで、ふりだけだ。

 仕事だ、と言われても、シスカはとうぜん、納得できない。

「ねぇ、まだ一年もあるんでしょ? その間に何とかする方法はないの? どんな死に方するか分かれば、気をつけることだってできるはずじゃない!」

 そうだ、一年後に死ぬと分かっていて、なにもしないでその日を待っているなんてバカすぎる。

「まぁ、そうだよね。あたしもアンタに、お情けでチャンスを与えてやるつもりで、わざわざカタツムリのぬいぐるみなんかにとりついてたんだもん。アンタが十五で死ぬのだって、アンタ自身のせいじゃなく、前世に受けた呪いのせいだしね」

「前世……? 呪い……?」

 なんだか、漫画みたいな話だ。

「そう。アンタは前世で、ちょー極悪なお姫様で、人々を苦しめてたの。ヒトの不幸を喜ぶような人間だったのよ。だから、誰からも愛されなくて、よけいにひねくれた性格になっていった。もちろん、友達なんか一人もいなかったわ。……生まれ変わった今でもちょっと、引きずってるとこあるでしょ?」

「う……」

 確かにシスカには、本当に信頼しあえる友達がいない。

 優しくしているつもりがお節介になってしまったり、みんなをひっぱっているつもりが仕切り屋になってしまったりで、気づけばその場から浮いていて、だいじなところに呼ばれなかったりする。

 なんとか表面上のつきあいを保てるのは、社長の娘だから周囲が気をつかってくれるのと、シスカが明るくて可愛い少女なおかげだ。

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