第38話 クイズの答えと、知らない色。
いつまで待ってもクッキーは来なかった。
ほんと、バカだよなあと思う。
だいたい、待ち合わせの仕方が適当すぎたのだ。昨日の朝、別れ際に俺はなんと言っただろう。明日中なんてあいまいな時間を伝えただけで、場所にいたっては言及もしなかった。ほんとうに人のことを言えない。いい加減すぎる。
もしかしたら、あいつの悪いクセがうつってしまったのかもしれないな。
ほくそ笑み、これで四本目だったか、空っぽの缶コーヒーに意味もなく口をつける。いつもなら一個か二個あればいいチョコチップクッキーも、今日は大袋で持ってきても足りなかっただろう。
何もかもが、違っていた。
あの頃は、何本とか、いつまでとか、そういう単位や時間の幅が溶けてなくなってしまうくらい、自分をひたすら嘲り慰めながら、だらだらと身を留め、ベンチに座った。
けれど今は、この一瞬さえもがもどかしい。
道を歩く人がいってしまったら。ボール遊びをする親子が帰ってしまったら。あのタワーマンションよりも高い空をいく飛行機が、見えなくなってしまったら。
胸がざわつく。言葉がかけめぐる。足がむずむずと意気込む。でも、そんな熱もたちまち消えてしまって。
ダサい、黄色の帽子に目を落とす。
……いつまで待っても、来なくて。
足音がして振り返った。
サラリーマンだった。真顔で道を急いでいる。きっと仕事帰りなんだろう。
そのままベンチの裏側を、この半年、ずっと背を向けてきた方角を見た。
ホテルやオフィスビル、いくつもの高層建築をあつめた、都会幕張の景色がある。
これまで散々、くすぶった不安や後悔をなすりつけてきた、自分の町の景色がある。
けれど、こんなの、あの東京大迷宮なんかと比べたら、スカスカで。
その隙間から、かすかな光の線がさしこみ、町中に滲んでいる。
まだ、名前のないひかりの色。
俺の知らない色。
* * *
少し体を動かそうと思っただけのはずが、こんなところにまで来てしまった。
訪れるたび、いっそう懐かしく感じる潮の匂い。それから、変わらない間隔をあけて泡立ちつづける波の音。
海には、あの長い冒険をした日よりもっと、大勢のひとがいた。
彼らがどんな思いでここに来たのか、俺には知る由もない。でも、ひょっとすると、彼らがそう望んだように俺もまた、できるだけ近くで感じたかったのかもしれない。
惜しみないひかりを放ちながら、夕陽は輝き、海の向こうへと沈んでいく。
なぜか、目が離せない。
なに黄昏てんだよ。カッコつけんなよ。自分を冷やかしてみたって、足は棒のように砂浜に突き刺さったまま、動いてくれない。
俺にはまだ、わからない。
──『夕陽って、なに色か知ってる?』
赤じゃない。オレンジでもない。朱色や紫でもなければ、どうせそれは、ちょっとダサい、この帽子の色でもなくって。
けれどもう、正解なんてどうでもよくて。
わからなくて、グチャグチャで、自分じゃどうにもできなくて、それでも答えはいつだって、自分で見つけるしかなくって。
この手に残った帽子を、強く、胸に押しあてる。
この一週間は、いったい何だったのだろう。
あいつと出会って、自分自身と向き合った。変わりたいと思って、がむしゃらに駆けた。何もないとうそぶいて、そのくせ何かが欲しくてたまらなくて、何もかもが変わり果ててしまったような夜が明けたのに、変わらない。
答えも、自分が何者かも、何ができるのかもわからないまま、ここにいる。
たったひとつ、小さな皺だらけの帽子だけを手にして、立っている。
受け入れろ。
俺は、ひとりだ。どこまで歩いても、どれだけ叫んでも、俺たちは孤独だ。
かけがえのない出会いも、奇跡のような思い出も、まだ血が止まらない古傷も、不器用に吐き出した言葉たちも、時間はズタズタに引き裂いて、どれもが過去になって。
幻の過ぎ去った砂の上に、今という変えようのない現実に立って、決めるしかない。
そして、海を前にして立つのであれば、行き先はひとつだ。
何度でも言おう。
海を、歩いて渡ることはできない。
夢のように輝くその向こうには、いつかは必ず、背を向けるしかない。
それなのに。
……どうして、目が離せない。
もう消えてしまうって、わかってるのに。
なあ、クッキー。
教えてくれるって、言っただろうが。
あの色を、見失ってしまったら。
俺は、どこへ行けばいい──……?
「アンタがベンチに座ってないでどーすんのよ」
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