鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ/たままる
<一〇皿のごちそう>
「というわけで、今日は特別な日だ!」
いつもの様に皆で朝食をとっていると、サーミャが突然そう宣言した。まるで授業の発表のように胸を張っている。
「〝特別〟って……何がだ?」
俺はパンを齧りながら訊ねた。今日は新年でも無いし、この世界では誕生日という概念もあまりない……というか、今のところ日付を気にして祝うのは新年くらいなものだ。
誰か知っているのかと見回すと、俺の横ではリディが茶を口に運びながら、なぜか含み笑いをしていた。
「今日はだな、エイゾウの作ったお皿が、ついに、〝ちょうど一〇枚〟になった記念日!」
「……は?」
俺が疑問符を頭上に浮かべていると、ディアナが微笑みながら言う。
「ほら、家族それぞれに合わせて鍛冶と細工で皿を作ってくれたじゃない。あれ、マリベルのを入れて一〇枚目になったのよ」
「つまり、一〇皿記念か?」
「そう! だからさ、今日は〝一〇皿のお祝い〟を開こうぜ!」
サーミャが指さす先には、戸棚の一番上に並べられた金属の皿たち。それぞれ微妙に形が違うが、使い手に合わせた手作りの一枚である。
以前は全員木製のものだったのだが、折角なのでとコツコツ作ってきたのだ。
食器を扱うのがあまり上手でないサーミャ用、しっかりと細工の入ったリケ用、なぜか質実剛健なディアナ用。
リディのは花の、ヘレンのには雷の模様が入っていて、アンネのは本人の希望で両手剣モチーフ、マリベルには小さな皿……。
クルル、ルーシー、ハヤテにもそれぞれ前の世界の犬ちゃん猫ちゃんのを参考にして作ってあった。
「そういえば作ったなぁ……」
苦笑混じりに呟く俺に、サーミャは腕をぐるりと回して力強く言う。
「だからさ、今日はそれぞれ自分の皿で、みんなが一品ずつ自分で料理を作ってお祝いしようぜ!」
「なるほど」
既に次の納品には間に合う数の製品は出来ている。今日は元々休日にするつもりだったし、こうやって折角提案してくれたのを無下に断るのも気が引ける。
「よし、じゃあそうしようか」
喜びの声が朝の食卓を包み、こうして今日はそれぞれが料理をすることになった。
俺はサーミャ達が取ってきてくれた肉を切り出し、かまどに火を入れようとした。
「火、ひつよう?」
皆が慌ただしくしているのを眺めていたマリベルが、指先にちろちろと炎を灯しながら俺に尋ねてくる。
「それじゃあ頼もうかな」
「わかった!」
小さな火球が、かまどの中に浮かぶ。それだけで、鉄と肉の間にある空気がじわりと変わるのを、俺は感じた。
肉は一気に焼き上げて、後は予熱で火を通していく。
その合間にこの〝黒の森〟で取れたベリー類を使ったソースを作る。我が家のお祝いでは半ば定番となったメニューだが、こういう場合には我が家らしさが出ていいだろう。
俺が料理をしている合間にも、空いているかまどでサーミャたちが料理を進めていた。サーミャやディアナ、アンネは慣れていないので、リケ、リディに教わりながらだが。
ヘレンはと言うと、「行った先でも簡単なもんなら作れないと困るから、それなりにはできるぞ」と野趣あふれる料理を器用に作っていた。
合間にちょっとした昼食(料理の合間に朝食を軽く温めたもの)を挟み、外では先に調理を終えたサーミャとリディが、テラスのテーブルを庭に運び出して布を敷き、皿を並べる準備を進めている。
「クルルの皿には、焼いたキノコ山盛りな」
サーミャが言うと、クルルが「クルルル!」と鳴いてしっぽをぱたぱた振った。あれはサーミャが自分のとは別に作っていたものだ。
続いてルーシーには鹿肉を細かく刻んで作ったハンバーグが盛られる。ハヤテの皿には焼き野菜を主体にしたサラダだ。どれも彼女らが食べやすいように工夫され、調味料の類を一切使っていない、見た目も味も優しい料理である。
マリベルの皿には、リディが教えつつも、彼女が自分で火を通して作った〝焦がし蜂蜜の焼き林檎〟が美しく並べられていた。
日が傾き始めた頃、庭のテーブルには一〇枚の皿がずらりと並び、それぞれの料理がきらきらと夕陽を反射していた。
皆が席につき、全員がそっと木のカップを持ち上げる。そして、俺は言った。
「今日の『一〇皿記念』に、乾杯」
カップが軽く打ち合わされる音が〝黒の森〟に響く。
「いただきまーす!」
サーミャが元気よく叫び、宴が始まった。
焼きキノコはそのままでも香ばしく、クルルが夢中で咀嚼する姿に笑いがこぼれる。ルーシーはぺろりとハンバーグを平らげ、他の肉料理をじっと狙っている。
ハヤテはあまり大きくない口で上品に、しかし確実にサラダを平らげていた。
一方、マリベルはというと、一口食べた後、自分の皿に並んだ林檎をじーっと見つめたまま動かない。
「どうした、マリベル」
「……おいしい」
そう言って小さく笑うその顔に、皆ふっと優しい表情になる。
ディアナが一番優しい顔をして言った。
「自分で作ったからじゃない?」
「そっかー。こんどもつくろうかな」
「うん、そうね。楽しみだわ」
サーミャの豪快な猪肉ステーキ、リケはスープを作っており、自分の皿には好きに入れていい具を並べている。
ディアナは気に入っているのか、俺が時折作る鹿肉の焼肉風、リディはハーブを主体にした野菜のキッシュ、ヘレンは人間向けのハンバーグで、アンネは少し凝ったドレッシングをかけた温野菜。
それらを皆でワイワイと賑やかに平らげた食後、サーミャが勢いよく立ち上がる。
「それじゃあ恒例の! 〝今日の一皿〟を決めるやつ!」
「それはいつから恒例なんだ」と突っ込みたくなるが、皆が楽しんでいるならそれでいい。
「アタシはディアナの作ったやつが好きだなー」
「私は、リディの作ったのかな」
「私はアンネのも良かった」
「アタイはエイゾウの肉料理」
「私はリケさんのですね」
「私は……サーミャのが好きかも」
サーミャ、リケ、ディアナ、リディ、ヘレン、そしてアンネ。
それぞれが思い思いの一皿を口にしていく。最後に視線が俺へ集まった。
「俺か? そうだな……」
俺は腕を組んで考える。しばらく沈黙したのち、俺は穏やかに微笑んだ。
「……どれも良かったんじゃないかな」
その一言にサーミャは、
「なんだよそれー」
と困ったかのように言うが、顔は笑っている。他の家族も、娘達も皆同じだった。
しばらく話しこみ(いつもはすぐ寝る俺も今日は一緒に話しこんだ)夜風がやさしく通り抜けるころ、宴はゆっくりと幕を閉じる。
皿はまた戸棚に戻された。だが、今この時間だけは、一〇枚の皿に込められた家族の想いが、確かにそこにあった。
「またやろうな、〝一一皿のお祝い〟とかさ!」
サーミャが言ったその言葉に、誰もが頷く。
特別な日を決めるのは、記念日なんかじゃない。
日々の暮らしの中で、誰かの〝好き〟を持ち寄れる時間。それが、きっと「家族のお祝い」なのだ。
「一〇枚の皿か……ただの器でも、そこに気持ちがあれば、こんなに豊かになるもんなんだな」
独り言に応えるように、クルル達と寝るために小屋へ向かうマリベルの灯が、ほのかにゆらりと揺れた。
翌朝、俺がいつものように鍛冶場で準備をしていると、サーミャが息せき切って入ってきた。
「エイゾウ! 次の記念日を考えた!」
「……お前、早すぎないか?」
「いいじゃん! 今度は『一〇日間連続でルーシーに肉をあげた記念』!」
「……それ、本人に聞いてみろ」
鍛冶場の隅にいたルーシーはあくびをしながらも、耳をぴくりと動かしている。
こうして、今日もまた、小さな記念日が生まれていく。
一〇という数字は、ただの数じゃない。
そこに気持ちと時間が込められれば、きっとそれは――誰かにとって、忘れられない日になるのだ。
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