異世界ウォーキング/あるくひと

<特別な日>



 これは、まだ俺たちがマジョリカダンジョンの攻略を終えて、ルフレ竜王国へ向かっていた時の出来事。クリスの姉であるエリス探しの旅を再開しようとしていた。

 竜王国に行くため、まずは国境都市リエルを目指した。

 その道中、いつもよりも早い時間に野営の準備を始めた。

 街道から離れた場所まで移動すると、そこで土魔法を使い調理場を作る。

 今日の夕食はクリスとミアが当番だけど、俺も別で料理を用意する。

 クリスがミアに教えながら料理を作るのを横目に、俺はベーコンとパン生地を作る。

 今回ベーコンにする肉はマジョリカダンジョンで倒したオークジェネラルの肉だ。何日も前に下準備は終わっているから、あとは燻製チップを使って仕上げるだけだ。

 燻製が始まると、俺の契約精霊であるシエルがその前に陣取りジッとそれを眺め始めた。

 パン生地はピザ用に伸ばしてソースを塗ると、一度アイテムボックスに。具材を載せて焼くのは食べる直前になってからだ。


「クリス、こっちの準備は終わったけど手伝わなくて大丈夫か?」

「はい、時間もあるし大丈夫です。ルリカちゃんたちのことをお願いしますね」

「分かった」


 クリスに断りを入れて、模擬戦をしているヒカリたちのもとに向かう。

 ミアは野菜をカットするのに集中していて、声が聞こえていないみたいだった。

 包丁を使うのは慣れていないと緊張するし危険だからね。


「あ、ソラ」


 近付くとルリカが振り返った。

 汗で前髪が額に引っ付いている。

 クリスが心配するわけだ。

 このまま放っておくと風邪を引きかねない。


「ありがとう」


 洗浄魔法を使うと、ルリカはお礼を言ってきた。


「いつにもまして激しくないか?」


 模擬戦をするヒカリとセラに視線を向ける。

 短剣と斧が激しく打ち合う。もちろん模擬戦用に刃先は潰してあるけど、当たり所によっては痛みを覚える。

 それを実戦さながらの動きで二人は武器を振るっている。

 知らない人がこれを見たら、模擬戦⁉ と驚くに違いない。


「んー、なんか今日のヒカリちゃんは物凄く張り切っていてさ。気付いたらそのペースに巻き込まれて、ついつい激しくなっちゃうんだよね」

「そうなのか?」

「うん。それでさっき模擬戦が終わったあとに今日はどうしたの? って聞いたらさ。今日は特別な日だからって言われたんだけど……ソラ、何か知ってる?」


 特別な日、か。


「……ああ、知っているよ」


 それはマジョリカに行くために、フリーレン聖王国にあるテンス村に二度目に寄った時のことだった。

 そこで村人の一人がちょうど誕生日を迎えて、お祝いの席に招待された。

 赤の他人の誕生日に? と思うかもしれないけど、テンス村の人たちとはオークによる襲撃事件を通して親しくなったという経緯があって、その縁で呼ばれた。

 そこでヒカリが不思議そうに村の人に尋ねていた。


「何のお祝い?」と。


 聞かれた女性は誕生日について説明したけど、ヒカリは首を捻り、それ以降寂しそうにすることがあった。

 理由を聞いたら、ヒカリにはそんな日がないから、ということだった。

 ヒカリは隷属の仮面を無理やり外した時の後遺症で、記憶の一部を失っている。

 少しだけ覚えていることを聞いたことがあったけど、間者として育てられた過酷な環境から、お祝い事とは無縁だったことは俺にも分かる。


「……許せないよね」


 ヒカリから聞いた話を改めてルリカにしたら、ギュッと拳を握り締めて怒りを露わにした。

 その非道な行いが、ボースハイル帝国の起こした戦争の暴挙を思い起こしたのかもしれない。


「寂しそうなヒカリを見てさ。ないなら作ればいいんだって話して、一カ月に一度、一二の日に誕生日じゃないけど、ヒカリの好きなものを作る日にしようってことになったんだ」


 ヒカリは自分の誕生した日も分からないみたいだからね。

 そのことを聞いていたシエルも、自分も自分もと耳を振って主張してきた。


「なるほどね。それで今日は早く野営の準備をしたいって言ったんだ。あ、もしかしてベーコンを使ったあの料理がそうなの? そういえばダンジョンに潜っている時も、早めに探索を切り上げた時が何度かあったよね」


 ベーコンは下準備もあるし、燻製しないといけないから作るのに時間がかかる。

 俺のアイテムボックスなら入れた物が劣化することはないけど、一二の日の時は可能な限り出来立てを用意するようにしている。

 ちなみに一二の日を特別な日にしたのは、その日がヒカリと特殊奴隷の契約をした日だから。

 その日がいいって、言いだしたのはヒカリだよ?

 ヒカリが隷属の仮面から解放された日にすると、初めて会った日だけど、殺し合いをした日でもあるからね。

 誕生日の代わりなら本来は一年に一度祝うのが正しいんだけど、


「ヒカリちゃんのための日なんでしょ? そんな日だったら、毎月あってもいいんじゃない?」


 とミアが言ったため毎月になった。

 祝う日というよりも、元気づける日って感じだ。

 それにいつかヒカリの誕生日が分かったら、その時こそ祝ってあげたいしね。

 本人が分からなくても、この世界には魔法やスキルが存在するから分かる時がくるかもしれない。

 例えば人物鑑定のさらに上位のスキルとかね。


 ルリカの質問に俺が頷くと、ルリカは二人に視線を戻した。

 追うように俺も二人を見ると、ちょうど模擬戦が終わったところだった。

 二人が汗だくになって戻ってきたから洗浄魔法を掛けると、


「主もやる?」


 とヒカリが聞いてきた。


「相手してやったら? 今日は特別な日なんでしょう?」


 迷っているとルリカが笑みを浮かべながら俺だけに聞こえるように囁いた。

 ヒカリの方はワクワクを隠さないで返事を待っている。

 これは断れないな……。


「す、少しだけな。ヒカリもルリカとセラと戦って疲れてるだろうし」

「全然疲れてない! 問題ない‼」


 元気が有り余っているみたいだ。

 承諾するとヒカリはスキップしながら先ほどまで模擬戦をしていた場所まで移動した。

 俺もそれについて行き、立ち止まるとアイテムボックスから模擬刀を取り出し構えた。

 模擬戦をするのは構わない。

 対人戦も大事だということを、今までの旅で嫌というほど痛感したから。

 それに人型の魔物と戦うことも多いから、この経験は決して無駄にならない。

 けど全力でかかってくるのはやり過ぎだと言いたい。

 その方が訓練になるとは思うけどさ。

 最初からエンジン全開のヒカリの攻撃を躱すのが精一杯で、殆ど反撃することが出来ないまま終わった。

 いつも以上に動きにキレがあって、防戦一方だった。

 終わった時には息が切れ、汗で服が濡れて重くなっていた。


「主、楽しかった。それとお腹減った!」


 ヒカリがお腹を擦りながら言った。

 もしかしてご飯を美味しく食べるために激しく動いたとか?

 空腹は最高の調味料なんて言う人もいるからね。

 自分とヒカリに洗浄魔法を掛けると、ちょうどクリスの呼ぶ声が聞こえたため俺たちは揃ってクリスたちのもとに向かった。



 目の前には様々な料理が並んでいる。

 シエルはそれを見て涎をたらし、チラチラとヒカリの方をうかがっている。

 美味しそうな料理を前にして、ソワソワして落ち着きがない。

 それでも勝手に食べ始めないあたり、理性は残っているようだ。


「いただきます!」


 ヒカリの挨拶でいよいよ食事が始まった。

 クリスとミアが作ったのは肉と野菜を順番に串に刺した串焼きと、たっぷり野菜が入ったスープだ。

 これがヒカリだと串焼きは肉一色になる。

 一方俺が作ったのはベーコンをはじめ、ウルフやオークの肉を載せた肉尽くしのピザと、ベーコンのチーズ焼きだ。

 こうなったのはヒカリのための料理だからだ。

 クリスたちが野菜多めの料理を作ったのは、バランスを取るためだ。

 ヒカリは右手でピザを取り、左手に串を握った。

 それを交互に口にして頬張っている。

 幸せそうだ。

 まだ表情の変化が乏しいヒカリだけど、食事をする時は別だ。喜怒哀楽の感情が一番分かる。

 シエルは目の前に置かれたベーコンのチーズ焼きを平らげると、続いてスープを口にした。

 相変わらず器用に食べる。


「ヒカリもシエルも、落ち着いて食べような。別に誰も取ったりしないから」


 物凄い速度で食べ進めるヒカリたちに注意をする。

 そんな一人と一体の様子を見守りながら、俺たちも食事をする。

 スープの中の野菜は不揃いだけど、噛むと柔らかく味もしっかり染みている。


「うん、美味しい」


 口にするとミアが嬉しそうに笑みを浮かべたのが分かった。

 誰かに美味しいと言ってもらえると嬉しいよね。

 そんなことを考えていたらヒカリがベーコンのチーズ焼きを口にした。

 先ほどまでの食べる速度が嘘のように、しっかり噛み締めて食べている。

 その様子を見ていたらヒカリと目が合った。

 ヒカリがニッコリと笑った。

 その笑顔一つで、満足していることが伝わってくる。

 その日の夕食はヒカリとシエルが満足するまで続いた。

 多めに作ったのに、全部平らげてしまった。

 ちょっと食べ過ぎじゃないか心配になったけど、


「成長期だし、このぐらいいいんじゃない?」


 とルリカは言った。

 食事が終わると、少し早いけど休むことにした。

 明日も次の町を目指して歩かないとだからね。

 MAPと気配察知で周囲の反応を確認し、特に問題はなさそうだけど、念のためゴーレムの影とエクスを呼び出して見張りをするように指示をした。


「主、ご飯美味しかった」


 寝る前の準備が終わり横になると、隣にいたヒカリが話し掛けてきた。

 ヒカリの胸に抱かれたシエルは、目をトロンとさせながら耳を振っている。

 シエルも同意見のようだ。


「そうか。満足してくれたか?」

「うん、ベーコンのチーズ焼き美味しかった。毎日食べたいぐらい!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、毎日食べるとさすがに飽きるからな。それに」

「ん、特別な日のご馳走」


 俺が言う前にヒカリが言った。

 毎日作ってやれないのは、チーズがなかなか手に入らないという事情もあった。

 近頃はチーズを使う別の料理も増えてきたからね。

 それでも一番のお気に入りはベーコンのチーズ焼きみたいだ。


「……主、今日はありがとう」

「約束だからな」

「ん、けど一番は、こうして主や、姉たちと一緒にいられること。それだけで幸せ。こんな楽しい時間が、いつまでも……」


 そこでヒカリの言葉が途切れた。

 視線を向ければ、寝息を立てている。

 日中は歩き、模擬戦もした。

 さっきはお腹一杯になるまで料理を食べていた。

 疲労に満腹と、眠気に襲われる条件は揃っている。


「おやすみ、ヒカリ」


 俺は寝息を立てるヒカリに声を掛け、最後にもう一度MAPを確認すると目を閉じた。

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