第2章 病床の笑顔
第9話 衝撃
「着いたよ、ポラリス」
隣からリヒトに優しく声をかけられて。ポラリスは公用車の車窓から外の景色を見る。
リヒトの上官である男性騎士が運転する車は、大きな病院に到着していた。木々の緑に囲まれて、白く
着いたのはクレアシオン神殿付属の総合病院。すでにシレンシオの街には夜の
「病院に来るのは……久しぶりです」
「そっか」
一足先に車を降りたリヒトが、涼やかな微笑と共にポラリスに向かってすっと片手を差し出した。大人になっても笑顔が素敵な方だと、ポラリスがぼんやり思っていると。
「お手をどうぞ」
暗いから転ばないようにとの配慮だろうか。
こういうことに不慣れなポラリスは、息を深く吸って吐いた。一瞬の
初めて乗った車から、久々の病院へ。
ここでリヒトの上官である女性と男性騎士とは別れた。二人はこのまま車で神殿に向かい、上層部にポラリスを保護したとの報告をするとのことだった。
女性はイヴォンに怒ってくれて、男性騎士のほうはポラリスとリヒトの再会を喜んでくれた。
短い時間の間に世話になった。二人の名前くらい聞いておけば良かったと思いつつ、ポラリスはリヒトに手を引かれて病院に入る。
多分女性のほうはトリシャで間違いないだろうが、本人から直接聞きたいのもあった。
――お母様が逮捕される。お父様も。
――二人とも犯罪をしていたなんて。
せっかくまたリヒトと二人になれたというのに。ポラリスの頭の中は、両親が逮捕されることで一杯だった。
次期聖女として保護された自分はまだいい。リヒトの言葉を信じるならば、両親の逮捕がポラリスの今後に悪い影響を及ぼすことはなさそうだった。
だけど兄シリウスや、今まで住んでいた家はこれからどうなるのだろう。マスメディアに追われたりしないだろうか、周囲から変な目で見られたり、しないだろうか。
悶々としながら入った病院のロビーは、白と木目を基調とした内装で、明るい雰囲気だった。ポラリスの気持ちが
リヒトの騎士服姿に気づいた受付職員がすぐに応対してくれた。
「病院が久しぶりということは……入院は初めてかな?」
「そうなります」
ポラリスはこれから一週間ほど、検査と休養を兼ねて入院することになっていた。
案内された病室は個室だった。
なんというか、今まで過ごした物置部屋とのギャップがものすごい。
――こんなに綺麗なお部屋に、私なんかがいていいのかな。
とりあえず淡いグリーンの病衣に着替えて、検温と血圧測定だけした。急を要する状態ではないことともう夜になっていることから、詳しい検査は明日以降になるということだ。
夕食が運ばれてきて、ポラリスは目を丸くする。
メインはケチャップソースで煮込まれたハンバーグ。マッシュポテトに色鮮やかな甘く煮た
今まで総合栄養食とかいう固いパンばかり食べてきたポラリスからすれば、とんでもないご馳走だった。病院食というと味が薄かったり美味しくないなどマイナスなイメージがつきものだが、少なくともこの食事に関しては例外といえる。
とはいえポラリスはそれぞれの料理を、ちょっとずつしか食べられなかった。
こんなに良いものを自分がいただいていいのかという罪悪と疑問が頭の中でうるさく鳴っていたからだ。それと単純に、すぐお腹いっぱいになってしまったというのもある。
「胃が小さくなっちゃっているのね、残してしまったのは気にしないで」
看護師さんに優しく言われて、余計に申しわけなくなる。せっかくのご飯を半分以上残したことを後悔していると、病室の戸が軽やかにノックされた。
「具合はどうだい?」
顔を出したのはリヒトだ。病院職員と話があったとかで、しばらくポラリスの元を離れていた。
どのみちポラリスはまず病衣に着替える必要があったから、しばらくリヒトは病室に入れなかったけど。
まだ彼と再会してから半日も経っていない。もう数日は時間が経過したような気がしている。
「ちょっと……落ち着かなくて。ご飯もたくさん残してしまいました」
大丈夫ですと言おうとして、リヒトには本当のことを話すようにしようと言い直した。そういえばリヒトは夕食をどうするのか疑問に思ったが、今は会話に集中する。
「顔色が悪い。……ご両親のことが気になっているんじゃないか?」
ずばり気にしていることを突かれた。ポラリスはうつむく。この優しい人に、あまり心配はかけたくなかったのに。
「はい……」
やっとの思いで、少女はこくりとうなずいた。
「気にならないほうがおかしい。何せ君は両親が警察に捕まったのだから。それと」
ずいとリヒトが顔を近づけてきて、片手でポラリスの頬を撫でた。
「何があっても、僕がいるから」
「はい……」
甘えたり頼ったりしてしまって良いのだろうか、何か良くないことが起こってしまうのではないかという葛藤がポラリスの脳裏でぐるりぐるりと濃い灰色の渦を巻く。
「あ、あの。あまり見つめないでください。恥ずかしいです……」
「はは、ごめん」
名残惜しそうにしつつ、リヒトの手が頬から離れた。決してもっと触れられていたかったなんて思っていない、はず。
「リヒトさんは昔から、身体的距離が近すぎるのです……」
「そっか。嫌だった?」
「い、嫌では、ないです。……ちょっと、恥ずかしいだけで……」
「はは、そっかそっか。入院中もできるだけ君のそばにいるようにするから、ご両親のことでもこれからのことでも、何でも話してくれたら嬉しい」
「……はい」
嬉しいような、大声で泣き出したいような。ポラリスの内側でたくさんの感情が極彩の色彩を織りなしていた。
――とりあえず、ご飯を食べられるようになりたいな。
少女の小さな願いと共に、シレンシオの夜は更けていった。
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