第50話 四人で卓を囲んだら

居住区のリビング。

普段なら護衛たちと軽口を交わしながら過ごす穏やかな空間だが、今夜は違った。

テーブルを挟んで座るのは、任谷ハルキ、護衛のカナメとミオ、そして――セリナ=フローレンス。

「……なんか、緊張するな」

ハルキは椅子に腰を下ろしながら、落ち着かない様子で視線を泳がせた。

普段の配信では堂々と話せるのに、こうして真正面から向き合うと、胸の鼓動がやけに大きく響く。

「えっと……今日はわざわざ来てくれて、ありがとな」

気まずさを隠すように口を開くと、セリナは優雅に微笑んだ。

「こちらこそ、任谷さま。こうして直接お話しできる日を、どれほど待ち望んだことでしょう」

その声音は柔らかく、けれど芯の強さを帯びていた。


「……待ち望んだって、簡単に言うけどさ」

ミオがすかさず口を尖らせる。

「クラウンを二回も投げて、今度は新しい建物まで用意して……普通の人なら腰抜かすよ」

「腰を抜かすほどのことかしら?」

セリナは涼しい顔で返す。

「任谷さまが羽ばたくための巣を整えるのは、わたくしにとって自然なことですわ」

「巣って! オレ、鳥やないんやから!」

ハルキは思わず突っ込んだ。

その声に、カナメがくすりと笑う。

「……なるほど。これは“布石”というわけですわね。

任谷さんをより大きな舞台に立たせるための、周到な一手」

「布石て! オレ、将棋の駒やないんやから!」

ハルキは慌てて突っ込んだ。


セリナは端末を操作し、空中に立体映像を映し出す。

そこには、緑に囲まれた瀟洒な建物が浮かび上がった。

「こちらが新居ですわ。配信設備はもちろん、護衛のお二人のお部屋も完備しております。

安全性は居住区以上。任谷さまが心置きなく活動できるよう、細部まで整えてございます」

「……護衛の部屋まで?」

ミオが眉をひそめる。

「なんか、全部“囲い込み”に聞こえるんだけど」

「囲うのではなく、支えるのですわ」

セリナはさらりと返す。

「任谷さまが迷わず進めるよう、道を照らす灯火になりたいだけ」


「いや、ありがたい話やと思うけどな」

ハルキは頭をかきながら、情けない声を漏らした。

「オレ、まだ大学一年やで? そんな大層な扱いされても、キャパ超えてまうわ」

「キャパ、ですか」

セリナは小さく笑みを浮かべる。

「任谷さまの器は、まだご自身が思っているよりもずっと大きいのですわ。

わたくしはただ、その器に見合う舞台を整えたいだけ」

「舞台って……オレ、役者やないんやけど」

ハルキは苦笑した。


カナメが扇子を軽く開き、楽しげに目を細める。

「舞台、という表現は的確かもしれませんわね。

任谷さんはすでに観客を惹きつける存在。

ならば、より大きな舞台を求めるのは自然な流れでしょう」

「カナメまで……!」

ハルキは情けない声を漏らした。


ミオは机に身を乗り出し、真剣な眼差しを向ける。

「……でもさ、そんなに準備して“さあ移りましょう”って言われても、ハルくんの気持ちはどうなるの?

本人が望んでないなら、どんな豪華な家でも意味ないでしょ」

セリナは一瞬だけ目を伏せ、そして真っ直ぐにハルキを見つめた。

「だからこそ、任谷さまに選んでいただきたいのです。

強制ではなく――ご自身の意志で」


リビングに沈黙が落ちた。

カナメは扇子を閉じ、面白そうに二人を見比べている。

ミオは唇を噛み、セリナは静かに微笑んだ。

ハルキは視線を泳がせながら、胸の奥に渦巻く感情を整理できずにいた。

感謝、戸惑い、そしてほんの少しの期待。

テーブルの上に浮かぶ新居の映像だけが、淡い光を放ち続けていた。

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