第49話 新しい家まで用意してるやん……

居住区の玄関前。

ハルキは端末を握りしめたまま、落ち着かない様子で立っていた。

「……ほんまに来るんか。いや、来る言うてたけど……」

隣ではミオが腕を組み、じっと扉を見つめている。

彼女の表情はいつもより硬く、口元には小さな緊張の線が走っていた。

「ハルくん、顔こわばってるよ。深呼吸しなって」

「こわばるやろ! クラウン二回投げたあとに“伺います”言われて、ほんまに来るとか……」

ハルキは額に手を当てて、深く息を吐いた。


扉のセンサーが反応した。

静かな電子音とともに、外の空気が流れ込む。

そこに立っていたのは、セリナ=フローレンス。

淡いピンクのワンピースに、光沢のある髪を揺らしながら、彼女は優雅に一歩踏み出した。

「ごきげんよう、任谷さま。お約束通り、参りましたわ」

その姿を目にした瞬間、ハルキは言葉を失った。

整った立ち居振る舞い、柔らかな笑み、まるで舞台から抜け出したような気品。

思わず見惚れてしまい、時間が止まったかのように感じる。

「……きれいやな……」

小さく漏れた声に、すかさずミオの肘が脇腹に突き刺さった。

「なに見惚れてんの! しっかりしてよ!」

「い、痛っ! いや、ちゃうねん! ちょっと驚いただけや!」

慌てて言い訳するハルキに、ミオはじとっとした視線を送った。


セリナは一礼し、視線を二人に向ける。

「護衛の方もご同伴とは、さすがですわね。わたくしの到着に備えてくださっていたとは、光栄ですわ」

ミオは無言で頭を下げたが、その目は警戒を隠していなかった。


「それでな、セリナさん。今日は……その、挨拶に来ただけなんやろ?」

ハルキがおそるおそる尋ねると、セリナはにっこりと微笑んだ。

「もちろんご挨拶もございますわ。ですが――本日はもうひとつ、大切なお話を」

「……大切なお話?」


セリナは胸元から小さな端末を取り出し、空中に立体映像を展開した。

そこには、緑に囲まれた瀟洒な建物の姿が映し出される。

「任谷さまのために、新しい住居をご用意いたしましたの。

居住区の規格に準拠しつつ、より快適で、より安全に暮らせるよう設計されております。

――もしよろしければ、わたくしと共に、こちらへお移りになりませんこと?」


「……は?」

ハルキは目を瞬かせた。

「ちょ、ちょっと待ってや。新しい建物って……これ、まさかセリナさんが?」

「ええ。わたくしの資産を活用し、任谷さまにふさわしい環境を整えましたの。

同棲という形にこだわる必要はございません。

ただ、より良い暮らしを――わたくしと共に築いていただければ、それで十分ですわ」


「いやいやいや! オレ、まだこの居住区に来て日も浅いし! 新しい家とか、そんな急に……!」

ハルキは両手を振って抗議する。

ミオが一歩前に出て、セリナを睨んだ。

「……つまり、ハルくんを“引っ越し”させるってこと? そんなの、簡単に決められるわけないでしょ」

セリナは微笑を崩さず、静かに答える。

「もちろん、強制ではございませんわ。任谷さまのご意思を最優先いたします。

ただ、わたくしは本気でございますの。任谷さまに、最上の環境を差し上げたい――その一心で」


「……本気、か」

ハルキは頭を抱えた。

「うれしいけど……困るわ! オレ、まだこの世界の暮らしに慣れてへんのに、いきなり新しい家とか……」

ミオは小さくため息をつき、ハルキの袖を引いた。

「……ハルくん、断るなら今だよ。これ以上深入りしたら、ほんとに戻れなくなる」

「断るって……いや、嫌やないねん。ただ……早すぎるんや」


セリナは一歩下がり、優雅に一礼した。

「承知いたしましたわ。すぐにお返事をいただけなくても構いません。

建物はすでに完成しておりますので、任谷さまが望まれるときに、いつでもお迎えいたします」


「……ほんま、オレの周りは落ち着かんやつばっかりやな」

ハルキは深く息を吐き、額を押さえた。

セリナの背後に映し出された新居の立体映像は、未来的でありながら温かみを帯びていた。

それは確かに魅力的で――だからこそ、ハルキの胸をさらにざわつかせるのだった。

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