第51話 護衛とセリナで裏話とか始めるんかい
「……ちょっと頭冷やしてくるわ」
ハルキはそう言って立ち上がり、護衛たちに視線を送った。
「悪いけど、少しセリナさんと話しててくれるか? オレ、別室で休んどく」
「承知しましたわ」
カナメが穏やかに頷き、ミオも小さくうなずいた。
ハルキが部屋を出ていくと、リビングには三人だけが残った。
扉が閉まる音が響き、空気が一段と重くなる。
セリナは姿勢を正し、二人を見渡した。
「さて……任谷さまがいらっしゃらない間に、率直なお話をさせていただきましょうか」
「率直って……何を?」
ミオが警戒心を隠さず問い返す。
「わたくしが新居を用意した理由ですわ」
セリナは端末を操作し、再び立体映像を浮かび上がらせた。
緑に囲まれた瀟洒な建物が、淡い光を放つ。
「任谷さまにとっての利点は明白です。配信設備は最新鋭に整えてありますし、警備体制も居住区以上の水準を確保しております。それに、護衛のお二人が快適に過ごせる居住空間も用意いたしました。つまり、今よりもずっと自由に活動できる環境になるのです」
「……打算もあるんでしょ」
ミオが低い声で言った。
セリナは微笑を崩さず、素直に頷いた。
「ええ、もちろん。わたくしは任谷さまの傍にいたい。そのために資産を投じるのですもの。
ですが、それはわたくしの欲望であると同時に、任谷さまにとっても利益となるはずですわ」
「利益、ね……」
カナメが扇子を軽く開き、興味深そうに映像を眺める。
「確かに、我々にとっても悪い話ではありませんわ。護衛の動線が整理され、外部からの干渉も減る。
ただ――」
「ただ?」
セリナが促す。
「任谷さんが“心地よい”と感じるかどうかは別問題ですわ」
カナメは目を細めた。
ミオは腕を組み、セリナを睨む。
「……あんた、ハルくんを“囲い込む”つもりなんでしょ。
豪華な檻に閉じ込めて、自由を奪う気なんじゃないの?」
「檻、ですか」
セリナは小さく笑った。
「わたくしは檻を作るつもりはございません。むしろ――自由を広げたいのです」
「自由?」
ミオが眉をひそめる。
「ええ。たとえば……」
セリナは二人を見比べ、意味ありげに微笑んだ。
「あなた方、お二人は随分と親しいご様子ですわね」
ミオの肩がびくりと揺れた。
「な、何のこと……」
「隠す必要はありませんわ。
視線の交わし方、距離の取り方、互いの言葉を補う呼吸。
長い時間を共に過ごした者同士でなければ、あの自然さは出せません」
カナメは扇子で口元を隠し、苦笑した。
「……観察眼が鋭いですわね。否定はいたしません」
「ちょっと、カナメ!」
ミオが小声で抗議するが、カナメは肩をすくめるだけだった。
セリナはさらに言葉を重ねる。
「居住区では、護衛という立場上、あまりに多くの制約があるでしょう。
触れ合うことも、寄り添うことも、常に周囲の目を気にしなければならない。
ですが――わたくしの新居ならば違います」
「……どういう意味?」
ミオの声が震える。
「任谷さまの活動を支える建物として設計しましたが、同時に“プライベートを守る空間”でもあります。
あなた方がもっと自然に、もっと自由に触れ合える環境を――わたくしは提供できるのです」
沈黙が落ちた。
ミオは顔を赤らめ、言葉を失っている。
カナメは静かに目を閉じ、何かを考えているようだった。
「……つまり、あなたは私たちを味方につけたいわけね」
カナメがゆっくりと口を開いた。
「ええ。任谷さまを支えるためには、わたくし一人の力では足りません。
あなた方の存在は不可欠ですわ。
だからこそ――あなた方にも利益を示す必要があると考えましたの」
ミオは唇を噛み、視線を逸らした。
「……そんな言葉で、私たちが動くと思ってるの?」
「思ってはおりませんわ」
セリナは首を振る。
「ですが、選択肢を示すことはできます。
任谷さまの未来を広げるために、そしてあなた方自身の自由のために」
リビングに再び沈黙が訪れる。
三人の間に漂う空気は、先ほどよりもさらに濃密だった。
テーブルの上に浮かぶ新居の映像が、淡い光を放ちながら揺れている。
その光は、三人それぞれの胸に異なる影を落としていた。
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