第31話 アキナが日常に溶け込もうとしている
「任谷ハルキさん。朝の挨拶は“おはよう”でよろしいですか?」
「せやけど、もう昼やで」
「……訂正します。“こんにちは”」
リビングに響く、ぎこちない声。
人間型のアキナは、今日も白いワンピース姿で立っていた。
表情は少しずつ柔らかくなってきたが、まだどこか“演技”のような違和感が残る。
「アキナ、今日の予定は?」
ハルキが尋ねると、アキナは即座に答える。
「午前は休息、午後は娯楽時間。夕方に軽い運動を推奨します。
また、カナメさんとミオさんの“護衛巡回”が15時から予定されています」
「……なんか、スケジュール帳みたいになっとるな」
「はい。私は生活支援ユニットですので」
「いや、今は“家族”やろ」
その言葉に、アキナは一瞬だけ黙った。
そして、少しだけ目を細めた。
「……家族。はい、学習します」
午後。
ハルキがソファでくつろいでいると、アキナが隣に座ってきた。
その距離が妙に近い。
「任谷ハルキさん。人間は“適度な距離感”を好むと学習しました。
この距離は適切ですか?」
「ちょっと近いかな……」
「了解しました。3センチ後退します」
「いや、そういうことやない」
ハルキが苦笑していると、奥からミオが顔を出した。
「ハルくん、アキナに変なこと教えてない?」
「教えてへんわ。むしろ、教えられてる気がする」
ミオはアキナをじっと見つめる。
その視線は、どこか複雑だった。
夕方。
カナメが静かにリビングに入ってきた。
アキナはすぐに立ち上がり、深々と頭を下げる。
「カナメさん。護衛巡回の時間です。ご協力ありがとうございます」
「……ええ。ですが、あなたが“人間の姿”でいる以上、私たちと同じ空間にいることになります。
それは、護衛としては少し複雑ですわ」
「複雑、とは?」
「任谷さんに近づく存在が増えるということです」
アキナはしばらく黙り、そして静かに言った。
「私は“愛”を学びたいだけです。
ですが、もし私の存在が不快であれば、距離を調整します」
「……不快ではありません。ただ、慣れていないだけです」
カナメの言葉は柔らかかったが、どこか針のような鋭さも含んでいた。
その夜。
ハルキはベッドに横になりながら、天井を見つめていた。
アキナは人間の姿で、確かに日常に溶け込もうとしている。
けれど、カナメもミオも――少しずつ、揺れている。
「……まあ、しゃあないか。誰だって、変化には戸惑うもんや」
そう呟いて、目を閉じた。
その夜、寝室の扉が静かに開いた音がした。
誰かがそっと入ってきた気配。
でも、ハルキは目を開けなかった。
――それが誰であっても、今は受け入れるつもりだった。
家族として。
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