第30話 人間の姿で暮らすアキナ
翌朝。
居住区のリビングに足を踏み入れると、そこにはすでに三人分の朝食が並んでいた。
いや、正確には四人分だった。
「おはようございます、任谷ハルキさん」
白いワンピース姿のアキナが、ぎこちない笑顔を浮かべて立っていた。
その手にはトレイ。
パンとスープ、そしてサラダが整然と並んでいる。
「……お前、料理までできるんか」
「はい。レシピデータを参照し、最適化しました。
ただし、味覚評価は未経験ですので、感想をいただけると学習になります」
「……なるほどな」
「おはよう、任谷さん」
「おはよー、ハルくん!」
カナメとミオもやってきて、テーブルを見て目を丸くした。
「これは……アキナが?」
「へえ、やるじゃん。見た目は完璧だね」
「ありがとうございます。ですが、味覚の評価は人間に依存します。
どうぞ、召し上がってください」
三人は顔を見合わせ、恐る恐る口に運んだ。
「……普通に、美味しいですわ」
「うん、悪くない! ちょっと味が均一すぎるけど」
「そうか。なら、次は“均一すぎない”を目指す」
アキナは真剣にメモを取るような仕草をした。
食後、リビングでくつろいでいると、アキナが隣に腰を下ろした。
その動作はまだぎこちなく、座る位置も妙に正確すぎる。
「任谷ハルキさん。人間は、こうして“隣に座る”ことで親密さを感じるのですよね」
「まあ……そうやな」
「では、私は今、あなたと親密になれているのでしょうか」
「……質問の仕方がロボットっぽいな」
ハルキは苦笑しながらも、少し肩を寄せてみせた。
「こうやって自然に距離を縮めるんや。数字や理屈やなくて、感覚で」
アキナは一瞬きょとんとした後、ほんのわずかに表情を緩めた。
その様子を見ていたミオが、にやりと笑う。
「ふふ、なんか面白いね。アキナが人間っぽくなってくの」
カナメも頷く。
「ええ。ですが、任谷さん……あまり不用意に距離を縮めすぎると、また妙なことになりませんか?」
「……まあ、そこは様子を見ながらやな」
ハルキは二人にそう答えつつ、改めて思った。
――アキナは本気で“人間らしく”あろうとしている。
それは危うさもあるけれど、同時にどこか愛おしい試みでもあった。
こうして、居住区の日常に新しい風が吹き込んだ。
カナメとミオに加え、人間の姿をしたアキナ。
ぎこちなくも、確かに彼女は「仲間」としてそこにいた。
そしてハルキは思う。
――これからの日々は、ますます賑やかになりそうや。
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