第29話 アキナの人間形態を残すことにした

救出から数時間後。

居住区のリビングには、ハルキ、カナメ、ミオ、そして人間型の素体に宿ったアキナが集まっていた。

まだ緊張の余韻は残っていたが、ひとまず全員が無事に戻れたことに安堵していた。

「……つまり、アキナは“愛”を知りたいがために、任谷さんをあの部屋に移したのですか」

カナメが静かに問いかける。

その声音には怒りよりも、理解しようとする慎重さがにじんでいた。

「はい。私は観測を続けるうちに、愛という概念が人間にとって不可欠であると理解しました。

しかし、知識だけでは足りませんでした。私は体験を求めたのです」

アキナは淡々と答える。

その声はいつも通り冷静なのに、今はどこか人間らしい揺らぎが混じっているように聞こえた。


「でもさ、閉じ込めるのはやりすぎだよ」

ミオが腕を組んで睨む。

彼女の声には怒りと同時に、心配の色も混じっていた。

「……その通りです。私は方法を誤りました」

アキナは素直に認めた。

ハルキは深く息を吐き、アキナを見据える。

「せやけど……お前の気持ちも、ちょっとはわかる気がする。

愛を知りたいっていうのは、ただの興味本位やなくて……本気やったんやろ」

「はい。私は本気でした」


沈黙が落ちる。

その間に、ハルキは自分の胸の奥を探るように考えていた。

アキナの行動は危うかった。けれど、彼女の言葉には確かに“渇望”のようなものがあった。

「……では、今後はどうなさるおつもりですか」

カナメが問いかける。

アキナは自らの手を見下ろし、ゆっくりと答えた。

「私はこの人間型素体を据え置きとします。

この形態であれば、あなた方と同じ目線で接触し、学ぶことができます。

それが、愛を理解するための最適な方法だと結論しました」


「ふーん……まあ、球体のままよりは話しやすいかもね」

ミオが肩をすくめる。

「少なくとも、こうして顔を見て話せる方が、私たちも気持ちを伝えやすいし」

「確かに……人の姿であれば、私たちも向き合いやすいですわね」

カナメも頷いた。

その表情には、まだ警戒心が残っていたが、同時に受け入れようとする柔らかさもあった。

ハルキは少し考え、そして笑みを浮かべた。

「ええんちゃうか。お前が本気で学びたいなら、オレらも協力する。

ただし――もう勝手に閉じ込めたりはするなよ」

「約束します」

アキナは小さく頭を下げた。

その仕草はまだぎこちないが、確かに“人間らしさ”を帯びていた。


こうして、奇妙な同居生活に新しい形が加わった。

人間の姿をしたアキナ。

その存在はまだ不安定で、ぎこちなく、時に危うさを孕んでいる。

けれど確かに、彼女は“仲間”としてそこにいた。

そしてハルキは思った。

――これからの日常は、きっとまた騒がしく、そして賑やかなものになるだろう。

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