第7話 未来の“妻”事情

朝、アキナの声で目が覚めた。

「おはようございます、任谷ハルキ様。本日は定期診察の予定がございます」

「おはようさん。……診察か。あの先生、また来るんか?」

「はい。医療担当者がまもなく到着します」

「ほな、身だしなみ整えとこか。未来でも寝癖は寝癖やしな」


リビングに出ると、カナメが静かに紅茶を淹れていた。

ミオはソファでストレッチをしている。

「診察の日って、なんかちょっと緊張するよね」

「せやな。あの先生、なんか不思議な人やし」

「不思議っていうか、ずれてるっていうか……」

「まあ、悪い人ちゃうけどな」


ドアが静かに開いた。

白衣姿の女性が、いつものように無表情で入ってくる。

「任谷ハルキさん、体調はいかがですか?」

「まあまあやな。昨日ゲームでちょっと筋肉痛やけど」

「それは正常な反応です。では、診察を始めます」


いつものように端末を操作しながら、彼女は淡々と検査を進める。

ハルキはベッドに座りながら、ふと彼女の顔を見た。

「なあ先生、そういや名前聞いてへんかったな」

彼女は手を止めて、少しだけ首を傾けた。

「名前……ああ、そうですね。私はミナト・ユイと申します」

「ミナト先生か。ええ名前やな。未来っぽい響きや」

「ありがとうございます。名前は記録上の識別にも使用されます」

「いや、そういう意味やなくてやな……まあええわ」


診察は順調に進み、特に異常もなく終了した。

ミナトは端末を閉じると、静かに言った。

「健康状態は良好です。生活環境にも適応されています」

「そらよかった。オレ、未来でもちゃんと生きとるんやな」


少し間を置いて、ミナトがふと口を開いた。

「ところで、任谷さん。生活適応の一環として、家庭形成についての意識確認を行う予定です」

「……家庭形成?」

「はい。この時代では、一夫多妻制が一般的です。男性は希少資源であり、複数の女性との家庭を築くことが推奨されています」

「うわ、急に“妻”の話来たな」

「驚かれるかもしれませんが、制度としては安定しています。相性診断や生活支援も整っています」

「なんか、婚活アプリの未来版みたいやな」


ミオがソファから顔を出した。

「ハルキくん、妻候補って言われてるのに、全然その気ないよね」

「いや、そら気がないわけやないけど……なんか、急に“妻”言われてもピンと来んやん」

「でも、こっちじゃそれが普通なんだよ?」

「せやけど、オレ、まだ大学一年の気分やしな。彼女もできたことないのに、いきなり妻って……」


カナメが静かに言葉を添える。

「焦る必要はありません。あなたのペースで、関係を築いていけばいいのです」

「……せやな。なんか、そう言われるとちょっと安心するわ」


ミナトは立ち上がり、端末を胸元に収めた。

「本日の診察は以上です。次回は一週間後に予定されています」

「了解。先生、また来てな」

「ええ。次回は、家庭形成に関する意識調査も含めて進めます」

「ほんなら、オレの“妻適応度”も見てくれる?」

ミナトは一瞬だけ考え込んだような顔をして、静かに答えた。

「……検討しておきます」


その返事に、ミオが吹き出した。

「先生、真面目に返すから余計おかしいってば」

「私は常に真面目です」

「それがまた、ずれててええ感じやな」


ハルキは笑いながら、窓の外を見た。

緑が揺れ、空は澄んでいる。

未来の生活は、静かで整っていて、どこか不思議な温かさがあった。


「……まあ、妻のことは、ぼちぼち考えるわ」

そうつぶやいた声は、誰にも急かされることなく、穏やかに空気に溶けていった。

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