第6話 静かな日々に、少しずつ
朝、目覚めると、部屋の空気がほんのりと花の香りを含んでいた。
「……アキナ、これ昨日と違う匂いやな」
「本日はリラックス効果の高い香気設定に変更しております」
「気ぃ利くやん。なんか、旅館の朝みたいやな」
ベッドから起き上がると、リビングにはすでにカナメがいた。
彼女は窓際に立ち、静かに外を眺めていた。
「おはようございます、ハルキさん」
「おはようさん。……なんか、絵になるな」
「そうですか?」
「うん。なんか、風景と馴染んどる」
カナメは少しだけ微笑んだ。
朝食は、三人で囲むのが日課になっていた。
ミオはすでに席に着いていて、プレートの上のサラダをつついていた。
「おはよ、ハルキくん。今日も元気?」
「まあまあやな。昨日の映画、ちょっと長かったわ」
「えー、あれ面白かったじゃん。未来の刑事が空間跳んで犯人追うとか、最高じゃん」
「いや、設定はええけど、途中で寝かけたわ」
「それは体力の問題では?」
カナメが静かに挟むと、ミオが笑った。
「カナメって、たまに毒舌よね」
「事実を述べただけです」
食後、ハルキはソファに寝転がりながら、二人を眺めた。
「……なんか、オレ、家族できたみたいやな」
「家族?」
カナメが首を傾げる。
「うん。朝起きたら誰かおって、飯食って、ちょっと話して。……それだけで、なんか安心するやん」
ミオが少しだけ真面目な顔になった。
「それ、すごく大事なことだと思うよ」
「せやろ? 未来って、便利すぎて孤独になりそうやけど、こうして誰かおると、ちょっと救われる気する」
午後、ミオが提案した。
「ねえ、ハルキくん。ちょっとゲームしない?」
「ゲームも五感同期なんやろ? 昨日の映画でちょっと慣れたけど、動くのは初めてやな」
「そうそう。映画は見るだけだけど、ゲームは自分で動くからね。ちょっとした運動にもなるよ」
「なるほどな。未来の運動不足対策か」
部屋の壁がスクリーンに変わり、映像が広がる。
ハルキはヘッドセットを装着し、ミオと並んで立った。
「ルールは簡単。協力して、都市を守る。敵はAI制御の暴走ユニット」
「なるほど。未来のヒーローも忙しいな」
ゲームが始まると、ハルキは意外なほど真剣になった。
ミオは軽快に動き、カナメは後方支援に回る。
「ハルキさん、右側に敵ユニット。距離、約三メートル」
「了解! ミオ、援護頼む!」
「任せて!」
ゲームが終わると、三人はソファに崩れ落ちた。
「……はー、疲れた。けど、楽しかったわ」
「ハルキくん、意外と動けるじゃん」
「そら、昔は体育の成績だけは良かったからな」
「それは意外です」
カナメが静かに言うと、ハルキは笑った。
「なんや、オレってそんな運動できへん顔しとる?」
「少しだけ」
「正直すぎるやろ」
夕方、ハルキは一人でバルコニーに出た。
空は淡い紫に染まり、遠くの建物が静かに光っていた。
そこへ、カナメがそっと現れた。
「……ハルキさん」
「ん?」
「今日、楽しかったです」
「そっか。オレもや」
「あなたが笑っていると、私も安心します」
「……それ、ちょっと照れるな」
しばらく沈黙が続いた。
風が静かに吹き、未来の都市が穏やかに息づいていた。
「なあ、カナメ」
「はい」
「オレ、ここでちゃんと生きていけるかな」
「ええ。あなたは、もう十分にこの世界に馴染んでいます」
「そうか……ほな、もうちょい頑張ってみるわ」
その夜、ハルキは少しだけ深く眠った。
静かな未来の中で、誰かと過ごす日々が、少しずつ心を満たしていく。
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