第8話 声が届いた日

「えーっと……こんにちは。任谷ハルキです。二百年前から来ました」

画面の中で、ハルキのアバターが静かに動いた。

少しだけ本人に似ていて、少しだけ未来っぽい。

声はそのまま。飾らず、柔らかく。


初めての配信は、ほんの五分ほどだった。

自己紹介と、未来に来て驚いたことをいくつか。

「トースト風のやつ、見た目は地味やけど味はええ」とか、

「シャワーが勝手に温度調整してくれるのは、ちょっと賢すぎる」とか。


終わった後、ハルキはソファに倒れ込んだ。

「……しゃべっただけやのに、なんか緊張したわ」


ミオが笑いながら端末を覗き込む。

「でも、ちゃんと配信できてたよ。声も聞きやすかったし、アバターも自然だった」

「そらよかった。なんか、変なこと言うてへんかった?」

「うん。むしろ“普通”が新鮮だったと思う」


カナメが静かに言葉を添える。

「この社会では、男性が発信することはありません。あなたの声は、誰かにとって初めての体験です」

「……そっか。オレの“普通”が、こっちでは珍しいんやな」


その夜、ハルキは端末を開いてみた。

配信記録には、視聴者数「7」の表示。

コメント欄には、短い反応がいくつか並んでいた。


「本当に男性?」

「声が落ち着いてて好き」

「もっと話してほしい」

「200年前ってどんな感じだったの?」


ハルキは思わず笑った。

「……見てくれた人、おったんや」


ミオが隣で覗き込む。

「ね? 言った通りでしょ。誰かが聞いてくれるって」

「ほんまやな。なんか、ちょっと嬉しいわ」


カナメは静かに頷いた。

「あなたの声が届いたこと。それは、この社会にとっても小さな変化です」

「変化って……そんな大げさな」

「制度上、男性の配信は存在しません。あなたは、例外です」

「……そっか。オレ、制度外の“しゃべる人”なんやな」


ハルキはコメントをもう一度読み返した。

「もっと話してほしい」

その一言が、胸に残った。


「……ほな、次はもうちょい長めにしゃべってみよか」


その言葉に、ミオが笑顔を見せる。

「やる気出てきたね」

「いや、せっかく聞いてくれる人おるんやし、ちょっとはサービスせなな」

「じゃあ、次は“未来の風呂事情”とかどう?」

「それ、誰が興味あんねん」


三人の笑い声が、静かな部屋に響いた。

未来の空気の中で、ハルキの声は確かに届き始めていた。


それは、誰かとつながるための、最初の一歩だった。

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