第4話 未来の暮らしと戸惑い

朝、目覚めると部屋の空気がほんのり甘い香りに包まれていた。

「……なんやこの匂い。高級ホテルか?」

ハルキはベッドの上で伸びをしながら、天井を見上げた。昨日の説明会の余韻がまだ頭に残っている。

男女比一対百。外出制限。一夫多妻。精子提供。

「……いや、情報量多すぎやろ」


部屋の隅にある白い球体が、ふわりと浮かび上がった。

「おはようございます、任谷ハルキ様。今日の予定をお知らせします」

「うわ、しゃべった。お前、目覚ましちゃうんか」

「私は生活支援ユニットです。ハルキ様の健康と快適な暮らしをサポートします」

「ほーん……便利やな。名前は?」

「ユニット番号はA-17ですが、呼び名はお好きにどうぞ」

「ほな、アキナで」

「承知しました。以後、アキナと呼ばれます」


未来の家は、想像以上に快適だった。

シャワーは自動で温度調整され、服は体型に合わせて瞬時に生成される。朝食は「軽めで」と言えば、栄養バランスの取れたプレートが静かにテーブルに現れる。

「……ほんまに、なんもせんでええんやな」

ハルキはトースト風の何かをかじりながら、窓の外を眺めた。

緑が広がり、鳥が静かに飛び交っている。車の音も、人の喧騒もない。

「静かすぎて逆に落ち着かへんわ」


食後、アキナがふわりと近づいてきた。

「本日は、生活ルールの実地体験を予定しております」

「実地体験て……なんか研修みたいやな」

「まずは、精子提供の手続きについてご説明します」

「うわ、いきなり来たな」


案内された施設は、白く静かな空間だった。

受付の女性は淡々と対応し、ハルキに個室を案内する。

「こちらで、採取をお願いします」

「……いや、言い方よ」

部屋の中には、リクライニングチェアと端末が一台。壁には、未来的な映像が流れていた。

「……なんやこれ。選べるんか? ジャンルとか」

「はい。視覚刺激は個人の嗜好に合わせて調整可能です」

「……便利すぎて逆に恥ずかしいわ」


手続きは驚くほどスムーズだった。

終わった後、ハルキは施設の廊下でひと息ついた。

「……これが義務って、なんか不思議やな」


その後は健康診断。

医師――昨日の彼女がまた現れ、淡々と検査を進める。

「問題ありません。体調は安定しています」

「そらよかった。てか先生、いつも無表情やな」

「感情は診断に影響しませんので」

「そらそうやけど、もうちょい人間味あってもええんちゃう?」

「では、次回は笑顔を練習しておきます」

「……それはそれで怖いわ」


午後は娯楽体験。

アキナに連れられて、ハルキは専用の娯楽室へ。

壁一面がスクリーンになっており、好きな映像やゲームを選べる。

「おお、これええやん。なんかVRっぽい」

「没入型映像体験です。かつての仮想現実技術を基盤に、現在の感覚同期技術と統合されています」

「……五感に直接って、なんかすごいな。てか、現代の技術って言い方がもう過去扱いやもんな」

「はい。ハルキ様が眠っていた時代の技術は、基礎研究として記録されています」

「……なんか、歴史の一部になった気分やわ」


映像の中で、未来のヒーローが空を飛び、都市を守っていた。

ハルキはポップコーン風の何かをつまみながら、画面に見入る。

「……なんやろ。便利すぎて、逆に退屈になりそうやな」


夜、部屋に戻ると、アキナが静かに浮かんでいた。

「本日の予定はすべて終了しました。お疲れさまでした」

「ありがとな、アキナ。……なあ、オレって、これからずっとこんな感じなん?」

「はい。生活は安定しており、外部との接触は制限されます」

「そっか……まあ、しゃあないか」

ハルキはベッドに横になり、天井を見上げた。

未来の光が、今日も静かに彼を包んでいた。


「……そろそろ、人と話したいな」

ぽつりとつぶやいたその声は、誰にも届かない。

そんな静かな日々に、次の朝、予想外の来訪者が現れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る