第5話 護衛との出会い
朝、目覚めると部屋の空気が少し違っていた。
甘い香りはそのままなのに、どこか緊張感のようなものが漂っている。
「……アキナ、なんか今日、空気がピリついてへん?」
「本日より、生活支援体制に変更があります」
「変更? なんやそれ、システムアップデートか?」
「いいえ。護衛が配置されます」
「……ごえい?」
その言葉を聞いた瞬間、ハルキはベッドの上で固まった。
「いやいや、オレ、そんな物騒なもん必要なほど危険人物ちゃうで?」
「護衛は、男性保護制度の一環です。生活の安全と精神的安定を目的としています」
「精神的安定て……オレ、昨日ポップコーン食いながらヒーロー映画見てたやん」
「それでも、制度上必要と判断されました」
「……未来って、過保護やな」
ドアが静かに開いた。
ハルキは反射的に身を起こす。
そこに立っていたのは、二人の女性だった。
一人は、長い黒髪をゆるやかに束ね、ゆったりとした服をまとっていた。
動きは静かで、視線は柔らかいのに、どこか掴みどころがない。
もう一人は、ショートカットに軽快なジャケット姿。
目元にいたずらっぽい光を宿し、口元には小さな笑みが浮かんでいる。
「初めまして、任谷ハルキさん」
黒髪の女性が、ゆっくりと頭を下げた。
「私は護衛担当の一人、カナメと申します」
「私はもう一人の護衛、ミオ。よろしくね、ハルキくん」
ハルキは思わず口を開いた。
「……え、なんか、思ってた護衛と違う。もっとこう、SPみたいなん想像してたんやけど」
「そういう役割ではありません。私たちは、あなたの生活を見守る存在です」
カナメは静かに答える。
「見守るって……なんか保育士みたいやな」
「それも近いかもね」
ミオがくすっと笑う。
二人は部屋に入ると、自然な動作でソファに腰を下ろした。
ハルキは少し戸惑いながらも、向かいに座る。
「えっと……ほんまに、ずっと一緒なん?」
「基本的には、交代制で常駐します。あなたのプライバシーは尊重されますが、必要な場面では介入します」
「介入て……なんか怖い言い方やな」
「たとえば、あなたが外に出ようとしたときとか」
ミオが軽くウインクする。
「そんなん、オレが脱走犯みたいやん」
「違う違う。あくまで、保護対象としての管理よ」
ハルキは頭をかきながら、二人を見比べた。
カナメは静かで落ち着いていて、言葉の選び方が丁寧。
ミオは軽快で、どこか挑発的な空気をまとっている。
「……性格、真逆やな」
「よく言われます」
「でも、バランスは取れてると思うよ」
アキナがふわりと近づいてきた。
「本日より、護衛との共同生活が開始されます。生活支援ユニットは補助に回ります」
「え、アキナ、降格なん?」
「役割変更です。引き続き、健康管理と情報支援を担当します」
「……まあ、アキナはアキナでおってくれた方が安心やわ」
その後、三人で昼食を取ることになった。
食事はいつも通り、自動で生成されたプレートが並ぶ。
「これ、見た目は地味やけど、味はしっかりしてるんよな」
「栄養と味覚のバランスが最適化されています」
「未来って、ほんまに“ちょうどええ”を極めとるな」
食後、ミオがふと立ち上がった。
「ねえ、ハルキくん。ちょっと散歩しない?」
「え、外出ってアカンのちゃうん?」
「施設内なら問題ないよ。ちょっと気分転換しよ」
三人は静かな廊下を歩いた。
壁は白く、床は柔らかく、足音が吸い込まれていく。
窓の外には、緑が広がっていた。
「……なんか、静かすぎて落ち着かへんわ」
「慣れると、心地いいよ」
カナメが穏やかに言う。
「でも、たまには騒がしくてもいいかもね」
ミオが笑う。
ハルキは二人の間で、ふと足を止めた。
「……オレ、ほんまに守られてるんやな」
「そうよ。あなたは、ここでは特別な存在だから」
「でも、特別って……ちょっと寂しいな」
カナメがそっと言った。
「だから、私たちがいるんです」
その言葉に、ハルキは少しだけ笑った。
「……そっか。ほな、よろしく頼むわ」
未来の静かな日常に、ようやく人の気配が加わった。
それは、守られるだけの生活に、少しずつ色をつけていく始まりだった。
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