part.4
朝、目に飛び込んできたのは眩しいくらいの快晴だった。
空の青さに目を細めながら、私は胸の奥にふわりとした軽さを感じていた。
まるで昨夜の会話が、心の中の曇りを少しだけ吹き払ってくれたみたいに。
寝ぼけた頭のまま、枕元に置いてあったスマホに手を伸ばす。
画面に残る通話の履歴。
水稀との通話は、私が目を覚ます少し前に自然と切れていたようだった。
指でその記録をなぞるように見つめながら、私は今日もまた、水稀と話せたらいいな、と思った。
声が聞きたい、たったそれだけなのに、その「だけ」がやけに切実に思える。
何度も通話を重ねていけば、いつか彼を手に入れられるかもしれない。
そんな夢にも似た期待が、心の片隅でゆっくりとふくらんでいく。
でも──そんな日が来てはいけない。
その日が来てしまう前に、私にはしなければならないことが残っている。
忘れてはいけない現実が、すぐそばにある。
*
「おはよ、優菜ー!」
学校の門をくぐった瞬間、背中からかけられた声に心臓が跳ねた。
晴れた気分で登校してきた直後、私を呼び止めたその声はいつも以上に私を動揺させる。
振り向けばいつもと変わらない、何も知らない笑顔の優斗がそこにいた。
昨日の夜、私は違う人と通話をしてしまった。
ただの会話のはずが、心に滲んだのは「想い」と呼べるものに近かった。
でも、それは何も知らない優斗の存在を消せる理由にはならない。
優斗は軽い足取りで駆け寄ってくると、私の遅く小さな歩幅に合わせてゆっくりと隣を歩き始める。
「今日は部活あるから、先帰ってていいよ」
ほんとは一緒に帰りたいけどね──
ぽそっと呟かれたその言葉に、私の心は揺れた。
どうして私は、こんなにも酷いのだろう。
優しくされればされるほど、胸の内に罪の棘が刺さっていく。
私なんかと一緒にいることを望むような人に、こんなに嬉しそうに私のことを話す人に、そんな酷い仕打ちができてしまう自分に呆れる。
それでも通話の記憶が、微熱のように頭の奥に残っている。
ふと気を抜くと、あの柔らかい声が耳の奥に蘇ってしまう。
「聞こえてる?」
そう言って少し笑った水稀の声。
昨日の夜、耳元に届いたその響きは、どこかためらいがちで、けれど確かに私を安心させてくれた。
あの声が、また聞きたい。
*
学校の終わりのチャイムに緊張の糸が切れる。
優斗には気付かれない程度になるべく関わるのを避けようと必死だったせいか、どっと疲れが押し寄せてくる。
冬の夕暮れは早く、空はあっという間に藍色に変わっていった。
家に着くと、張り詰めていた気持ちがほどけるようにして身体が重たくなる。
ベッドに身を投げ出した私は、息を吐くように目を閉じた。
バカだ、最低だ。
本当に、どうしようもない。
優斗の顔が浮かぶたび、心の奥に自分を責める声が響く。
そのくせ、戻るチャンスはいくらでもあったのだ。
やめようと思えば、いくらでもやめられたのに。
なのに、私は選ばなかった。
今さらこうして罪悪感を抱いていること自体、偽善めいている。
それこそ最低だと分かっているのに。
途方もない罪悪感を抱えていながら、それでもなお水稀と話したいと願ってしまう自分がいた。
その事実に、私は自分で驚いていた。
いや、呆れていたのかもしれない。
愚かでどうしようもない、情けない心。
──水稀……今、何してるかな
つぶやく代わりに、心の中でそっと呼んでみる。
名前を思い浮かべるたび、彼の声が耳の奥にこだまする気がした。
その声は、やわらかくもあり、時に私をからかうようでもあり、けれど確かに孤独を埋めるものだった。
思い出そうと目を閉じると、窓の隙間から流れ込んできた冬の風がやわらかく頬を撫でた。
冬にしてはずいぶんとぬるい風だった。
そのぬくもりに包まれるようにして、私は現実から目を背けるようにゆっくりと眠りへ落ちていった。
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