第2話
それからまた、9年の歳月が流れた。
「よーし、今日の授業はここまでだ。いままで授業はちゃんと聞いていただろうな?さて、そこでテストだ。各自、明日までにはボルトアクションライフルの扱いに慣れるように!以上!」
その日は旧式のライフルの扱いの授業だった。ラプラス保護区域では、カービンなどの先進素材は使えず、未だに古い物を使っている。
大きくなったベロニカは、その構造を図におこした紙をずっと眺めていた。
そこへ、声をかけて来る者が居た。
「やっほー、ベロニカ。今日の授業はどうだった?」
声をかけてきた女の子の名はシュリ。ベロニカと同い年であり、同じく特殊高等教育を受ける、いわゆる同級生である。
「ん、別に、まぁ。」
「いつも淡泊だね~。私はあんま今日の授業わかんなかったや。明日テストするとか言ってたよねぇ。めんどくさいなぁ。」
「教えようか?」
「そ!その言葉を待ってたの!よっ、救世主!」
「うん。いつも通りのシュリなら、こう来るかな、と思って。」
「おー、いつの間にか私たち、ツーカーの仲だったワケね!」
ふたりは話しながら、学生隊員寮の学食へと向かった。
「んー!私はウサギ肉ジャンバラヤで!あ、飲み物はコーラね!」
シュリが注文しに行っている間、ベロニカは席取りの為に座って待っていた。シュリが並ぶ店はメニューが豊富で、いつも列ができている。
「ごめん!待った?」
「待った。」
「どストレートかい!」
シュリが料理の乗ったトレイを持って戻ってきた。
「んじゃ、あたし行ってくるから。」
「お、またいつもの?」
「そ。」
そう言ってベロニカが歩き出す。ベロニカには、贔屓にしている店があった。
それは、学食の隅の小さなホットドッグ屋。生徒からの評判は、”味がしない”、”パサパサしてる”、”挟んでるヤツ、何の肉使ってるかわかんない”などと、お世辞にも良いとは言えない店だった。しかし、そんな店にどこか魅力を感じたベロニカは、寮生活が始まってからというものの、ほとんどの食事をこの店で済ませていた。
「おばちゃん、いつものね。」
「あぁ、ベロニカちゃん。あいよ、いつものね。」
そう言うと店のおばちゃんは、少し乾燥したパンをパカッと開き、シワシワのソーセージを挟み、ドロッとしたマスタードとケチャップを塗る。それを紙製の皿に置く。飲み物はラプラスベリーと呼ばれる、ラプラス保護区域内で栽培されている赤いベリーの果汁が入ったソーダ。それのMサイズ。これが、いつもベロニカが頼むセットだった。
「ありがとね。」
お代を払いながら、ベロニカがおばちゃんに言った。
「いいんだよお、こんな店でも贔屓にしてくれる人が居るんだもの、ウチも頑張らなきゃねぇ!」
「繁盛してる?」
「正直な話、今日はベロニカちゃんが初めてのお客さんだよ。」
「皆冷たいね。」
「ま、ウチはそう言った評判も含めて、やっていってるってところもあるかもしれないねぇ。」
「あたしが宣伝してあげようか?」
「いいのかい?きっと宣伝しても人は寄り付かないだろうけど。」
「んー、やり方によるかな。」
「そうかい。・・・じゃあ、一等良い宣伝方法を思いついたから、また今度それを伝えるわね。」
「今じゃダメなの?」
「あぁ、準備がまだできてなくてね。ま、楽しみにしてておくれ。」
「わかった。おばちゃん、元気でね。」
「あいよ!」
「今日は変に長かったじゃん。」
席でどこかつまらなさそうに待っていたシュリがベロニカに言った。
「あたしがあの店の宣伝する事になったの。」
「え!あの店の!?」
「うん。もっとあの店も繁盛していいとあたしは思う。」
「・・・って言ったって、そんな食欲そそらないホットドッグ、どう売るつもり?」
「うーん。美味しい美味しいって言いながら50個くらい食べれば少しは喧伝になるかな。」
「体張りすぎでしょ・・・さて、食べますか!」
そう言ってシュリがジャンバラヤに手を付けた。ベロニカもホットドッグをパクリと食べ始める。
その様子を、ホットドッグ屋のおばちゃんが遠目に見ていた。
「・・・さて、あの子の為に、頑張らなきゃねぇ・・・。」
数か月後。その日の授業はいつもの授業とは違って、ラプラス保護区域の高官が立ち合いの基の授業だった。生徒は皆、”なんだろう・・・”と落ち着かない様子だ。もっとも、ベロニカはいつも通り落ち着いて自分を保っていたが。
その日、教壇にあがったのはあの日ベロニカを特殊高等教育のメンバーに抜擢したコーディーだった。
「あー、皆さん。皆さんも察しているでしょうが、今日のこの授業は少々特殊なものです。とは言っても、皆さんが肩に力を入れる必要はありませんので、気楽にして聴いていただけると幸いです。まずは・・・例の物を配ろう。」
そう言ってコーディーが他の高官に手で指示を出す。すると高官は、持ってきていた木箱から小さな包みを取り出し、生徒一人一人に配っていく。
「皆さん行き届いたでしょうか。その包みの中は、我らがラプラス保護区域の特殊高等教育を受け、そして未来あるラプラス保護軍に入る為の第一歩。本格的な訓練生としての制服を皆さんに。明日からの授業は皆さん全員が、この制服を着て受ける様にしてください。明日からの授業はより本格的なものになっていくでしょう。」
ベロニカは机の端に置かれた包みを眺めて、自分も少しは成長したものだなぁ、と感じた。これを着て従軍すれば、パパは幸せ。それならば、ベロニカにとっても幸せ。何も問題はない。
「そして、ここからが重要な話です。来る一週間後、皆さんにはAGの授与手術を受けてもらう事になります。」
コーディーがそう言うと、生徒たちがザワつきはじめた。
「そう、いよいよこの時が来たのです。皆さんにはこの授与手術を乗り越え、真の戦士としての力をつけてもらいます。何も抵抗する事はありません。手術の成功率は100%。それは私が保証しましょう。」
AG・・・あの日コーディーに贈ると言われた、特別な力。それが一体どんなものなのかは何も知らないが、普通の人が手に入れられない代物である事は確かだ。・・・しかし、授与手術とは。一体どんな手術をするのだろう。そう、ベロニカは思考を巡らせていた。
「皆さんが、誉れある保護軍の優秀な一員になる事を願っています。それでは、AGについて、私からいくつか。」
「AG、”Acquired Gifted(後天的ギフテッド)”とは、約200年前に発明された、特殊な異能力を人体に付与する技術です。その異能力は様々。物を作り出す異能力、逆に物を破壊する異能力、色々あります。ですが、皆さんに授与する異能力はごく汎用的な物。いわゆる超能力全般を発揮する事ができる様になる物です。超能力の種類についてはまた、別の授業でお伝えする事になるでしょう。私としては、前例がある限り、皆さんがそれを悪用しない事を願うばかりです。また・・・」
コーディーによる授業はその後も続いた。
異能力。それは、約200年前にアメリカ合衆国主導の基確立された、AG手術によって発揮される特殊な能力である。その技術が確立した直後から、異能力を悪用した事件などが勃発し始め、技術を持たない国は技術を持つ国へ戦争を仕掛け始め、果ては世界荒廃のキッカケにもなった・・・と、そう伝えられている。しかし、その歴史を知る者は今はもう少なく、ラプラス保護区域の者に関しては、この特殊高等教育を受けた者、それを管理する区域省の高官たちだけ。一般の者でその存在を知る者は、一握りも居ない。
(超能力、かあ。)
ベロニカはふと考え込んだ。自分が超能力を使える様になったら、何ができるんだろう。軍の人達は皆超能力の使い手なのだろうか。そうだとしたら、本格的に自分も軍の仲間入りだな、などと思考を巡らせていた。そうしているうちに、いつの間にか授業は終わっていて、皆包みを開けて興奮しながら思い思いに話し込んでいた。
「ベロニカーッ!」
思考に耽っていたベロニカの肩に、シュリが抱き着いた。
「ねぇねぇ!私たちもいっぱしの兵士って感じじゃない!?」
「うーん、浮かれすぎるのもどうかと思うよ。」
「ベロニカみたいに、浮かれなさすぎるのもどうかと思うけどね!制服に加えAG!私たち超能力が使えるようになるって!ね、超能力でしたい事とかある?」
「したい事って言われてもなぁ。あたしとしては従軍するだけだし。」
「もー。なんかベロニカって職業兵士って感じ。こういう職が性に合ってるんだろうね。」
「まぁ、そこを買われて抜擢されたわけだし。」
「んー、まぁ、それは確かに。私もそっか。あ、あとはアレだね!軍に正式入隊した時に同じ隊に入れれば一番なんだけどね!」
「そうそう偶然は重なりっこないよ。」
「わかんないよー?案外本当に同じ隊に入ったりして!」
「まぁ、その時はよろしく。」
「うん!こちらこそよろしく!」
取り留めもない会話をした後、二人はいつもと同じく学食に向かった。
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