第3話
「君たちが特殊高等教育訓練生の制服に袖を通している事を、私は誇りに思う!では、今日の授業を始めるぞ!」
次の日の授業からは皆、茶色の、通常よりも丈が短いクロップの制服の上着、それに黒のシャツを着て授業に臨んでいる。ベロニカも同じだ。
その日の授業は、ベロニカにとって正直つまらなかった。今までの授業の内容の復習だった。ボルトアクションライフルの動作も一通りやったし、人命救助の手順も嫌というほど覚えきった。その日も授業が一通り終わって、シュリとベロニカは学食へ向かった。
学食に並ぶメンバーも、その制服を着た者たちが多い。しかし、今まで不思議な事に、上級生や高官などとは会わなかったな、とベロニカは思った。上級生に会っていれば、制服が支給されることも、AGの内容が超能力である事も事前に知れただろう。しかし、ここの寮では上級生や下級生とは一切会わない、接触する事が無い様に徹底されている。
「今日は私が場所取りしてくるからさ、ベロニカ、先にいつもの買いに行きなよ!」
「わかった。」
そう言ってベロニカがホットドッグ屋に向かうと、おばちゃんはなんだかうれしそうにして待っていた。
「おばちゃん。またいつものね。」
「はいはい、わかってるよ。ところでベロニカちゃん。」
「なにかな。」
「こないだ言った、この店の宣伝方法についてなんだけどね。」
「あぁ。あたしも考えてたんだ。良い方法がないかって。」
「それでね、ウチで思いついた方法があってね。どれ、制服の上着を貸してごらん。」
「制服を?いいけど、どうして?」
「まぁまぁ、そう深くは訊かずに。」
制服を受け取ったおばちゃんは、後ろを向いて制服に何やら細工をしている。しばらく経って、おばちゃんが「でーきた!」と言って、制服をバッと広げて見せた。
その制服の左胸の部分には、ホットドッグの絵と、”Hot Dog”と赤い字で書かれた刺繍のワッペンが縫い付けられていた。
「これをつけて歩いていれば、ベロニカちゃんは歩く広告塔ってワケさ。どうだい?」
ベロニカは正直なところ、嬉しかった。なにか、他の人の制服とは違うワンポイントが丁度ほしかったところなのだった。
「うん。宣伝にもなるだろうし、何よりクールだよ、おばちゃん。ありがとね。」
「いいんだよ。これでウチの真の常連だって事が証明できて、おばちゃんもうれしいよ。さて、いつものだね・・・」
ベロニカはいつものホットドッグセットを受け取って、シュリの待つ席へと戻った。
「おっそーい。何やってたのさ。」
「ふふん。見て。」
そう言ってベロニカが制服の左胸のワッペンを誇らしげに見せびらかす。
「なにそれ、ホットドッグ?・・・ちょっとダサいかも。もしかしてベロニカ、身も心もあの店に売っちゃったワケ?」
「大袈裟。あたしがあの店の宣伝をするんだよ、このワッペンをつけて、歩く広告塔になるんだ。」
「やっぱ売っちゃってんじゃん。ま、私としてはその制服改造が怒られない事を願うばかりだね。そのワッペン、きっとベロニカにとって大事なものだろうし。」
「うん、大事。先生に怒られても、あたし絶対に取らないもん、これ。」
後日、何を言うでもなく授業に出たベロニカだったが、ワッペンについては何もお咎めは無かった。
そうして時は流れ、やがてAG授与手術の日となった。その日の朝方、寮長の生徒から授与手術についての同意書だとか、説明書だとかを受け取って読んでいた。どうやら、人によっては受容の耐性がついていないのか、吐き気やめまいなどの、術後の副作用が出る場合もあるらしい。自分に副作用が出なければいいが、と考え込む。
施術はその日の昼過ぎを予定していた。何時間か経って、ようやくベロニカの部屋に医者が来た。
「ベロニカ・ハートウィグ。君の番だ。出てきてくれるか。」
ベロニカは特に返事をすることも無く、ガチャッとドアを開けて応え、ついて行った。そうして着いた手術室の前で、モニタに自分の顔写真とプロフィールが映し出された。
「改めて訊くが、ベロニカ・ハートウィグ。モニタに映し出されている内容に間違いはないね?」
「はい。間違いないです。」
「じゃあ、奥へ進んでくれ。手術を始めよう。」
ベロニカは奥にある手術台に寝転んだ。丸いいくつかのライトの光が目に眩しい。
「では始めるよ。まずは全身麻酔だ。少し痛むよ。」
そう言われると同時に左腕に管が差し込まれた感触があった。その後、痛いというよりも熱い液体が体の中に入ってくるのを感じた。覚えているのは、それが最後だった。
気が付いたら、寮病棟の一室で目が覚めた。なんだか多少頭がガンガンする。これが副作用なのだろうか。
「お、目が覚めたようだね。」
病棟専属の保険医がそばに居たらしく、声をかけてきた。
「お、終わったんですか。」
「あぁ、終わったよ。これは何本に見える?」
保険医が指を3本立てる。
「3本。」
「うん、正常だね。他に何か支障はあるかい?」
「少し、頭が痛みます。」
「まぁ、少しくらいなら大丈夫じゃないかな。ひどい子なんて、目が覚めた直後に嘔吐だ。しかも脱水症状を起こすぐらい。君はまだ幸運な方だよ。」
「そ、そうですか。」
なんだか他人と比べられるのは心地が悪いなぁ、と思いながら、ベロニカは相槌を打った。
「超能力が本格的に使えるようになるにはまだ時間が必要だが、授業を通して段々使える様になっていくだろう。それを楽しみにしておくといい。」
「はい。じゃああたし、戻りますね。」
そう言ってベロニカがベッドから降りる。
「あぁ、歩けるかい?無理はするんじゃないよ。」
「はい、大丈夫です。」
頭の痛みはまだとれなかったが、フラフラする程のものでも無かったので、ベロニカは何事もなく自分の部屋へと戻った。
異変があったのは、その次の日の事だった。
その日は普通に授業が組まれていた。おそらく、先日授与手術が終わったAGについての授業だろう。
しかし、教室に着いて真っ先に気づいたのは、人がいつもより少ない。見渡してみると、シュリは居る事には居るのだが、机に突っ伏してぐたっとしている。
「ちょっと、シュリ。」
「あ、あぁ、ベロニカ。おはよ。どうしたの・・・。」
「どうしたのはこっちのセリフ。ぐったりして、元気ないみたいじゃない。」
「昨日授与手術あったでしょ・・・?アレの副作用でめまいすんの・・・でも授業休むワケにはいかないし・・・」
「一日ぐらい休めばいいじゃない。授業の内容だって後からあたしが教える事もできるんだからさ。」
「でも、ここからは実践的な授業になるでしょ・・・?実際に経験しなきゃなんないしで、もうなんというか・・・何もしてないのに疲れた・・・」
「その実践で何もできなきゃ意味が無いじゃない。全くもう・・・ほら、肩貸して。」
「んー・・・どこ行くのぉ・・・?」
「医務室。こんなにぐったりしてるのに実践なんてできるワケないでしょ。」
「うーん・・・ありがとう・・・」
ベロニカはシュリを連れて医務室へと行った。その道中。
「ねぇ、ベロニカも気づいた・・・?」
「なにに?」
「人、少なかったでしょ。私ね、こう思うんだ・・・授与手術で適応できなかった人たちが、リタイアしてるんじゃないかって。」
「・・・でも、リタイアしても行く先が無くなるじゃない。」
「あ、ベロニカは知らないんだっけ、こんな噂・・・」
「噂?」
「うん。授与手術で適応できなかった人たちが除隊される場合、この保護区域から追い出されるって話・・・」
「なにそれ。追い出してなんになるの?」
「一般市民が授与手術や異能力に関して知る事はない・・・だから、一般市民に戻る事はできない。だから最終手段として、この保護区域を去る事を余儀なく迫られるの。」
「ふうん。出て行った人たちは何してるんだろうね、今頃。」
「わかんない。だけど・・・この調子なら、私もそうなるのかなぁ。」
「やめてよ、笑えない冗談。」
「ふふ、ごめんね・・・」
やがて医務室に着いたベロニカは、シュリをベッドに寝かしつけ、係の医員にワケを話し、出て行った。
保護区域を出て行った者たちがその後どうなったのか。それを想像しながら、元の教室に戻る。いかんせん、ラプラス保護区域では外の情報という物は一般市民や訓練生たちには流れてこない。それゆえに、外に出て行った人たちが何をしているのかは、全くの謎なのである。
ベロニカは、とにかくシュリがそういった環境に身を置くことにならない様に願った。
"Hot Dog" ~荒廃した世界に咲く花~ 芽吹茉衛 @MamoruMebuki888
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