第2話 先生との出会い。

 勢い任せ、俺はとんでもなく懐かしい名前を吐いた女子を校舎裏に連れてきていた。腕をつかんでだから、ちょっとやりすぎた感はある。


「なに、君、ちょっと! 大胆ね。私いまから人生初の壁ドンされちゃう感じ? それとも伝説級の股ドン⁉ 私、股ドンなんてされたら、君のこと好きになっちゃうかもよ? 覚悟あるの?」

 軽口を叩く、見覚えがないようである女子。そりゃ、3年も同じ敷地内で生息していたらどこかで顔を合わしているだろう。確かいつもはうつむき加減で、おさげで地味な感じだったような……こんな軽口でからかうようなタイプには見えなかったが。


海野うんの……みさき……だっけ?」

「あら、いきなりの呼び捨て? よく覚えてたわね、えらいえらい」

 壁際に追い込まれながら手を伸ばした俺の頭をナデナデしながら、ひらりと身をかわし壁際から逃れた。別に追い込んだ訳じゃないから、そのままにしておく。

 顔はそう。体形というか、ほっそりとした感じ。1年の時同じ委員会だった。その時は大人しめで、声が小さかった。なにが、はじめましてだ。

 待てよ……


が本当のお前なんだ?」

「――あらバレた? やーさんってもしかして何回目? はいはい、怖い顔しないで。言ったでしょ? 私、演劇部。あっ、ね? さっき辞めてきたから。演劇部だから、日常に演劇を持ち込んでるの。これも人間観察の成せる業ね? ちなみに今は諏訪さんの完コピ中~どう、似てるでしょ?」

 諏訪すわ初佳もとか。学年を代表する陽キャ女子。ハンバーガショップで俺とバイトが同じで、諏訪のことは意外に知っていた。バイトが同じでもない限り、あの陽キャとお近づきになることは、まずなかっただろう。


「諏訪の完コピ?」

「そう! 似てるでしょ、立ち姿とか着こなし! もちろん話し方。あっ、でもこれ本人公認でも、イジッてるんでもないから、内緒。 どう?」

 どうと言われても正直困る。確かに言葉遣いや表情、制服のいい感じの崩し方は諏訪初佳を彷彿させる何かがある。

 しかし――

「甘い! 諏訪初佳は膝上15センチキープ!」

「マジで⁉ でも、それじゃパンツ見えちゃう!」

「ふふふっ、ああ見えて諏訪初佳は短パン着用だ!」

 バイトの時そう言ってた。付け加えると、中学時代陸上部で履いていた物と同じ短パンらしい。因みにギャルっぽく見えるが、ギャルの見た目かわいいが好きなだけで、ギャルじゃない。上目使いで顔を赤らめ、まだ経験がないと教えてくれたバイトの帰り道――って、どんなバイト帰り道だ⁉ まあいいや。


「あと!」

「まだあるの⁉ もしかしてやーさんって諏訪さんラブな感じかな?」

 この話し方も、恐らく海野曰く諏訪の完コピだろう。確かにこんな話し方をするが、バイト先のハンバーガショップ、ロッカールームじゃ意外と普通な言葉使い。敬語も使える。普通な言葉使いという概念はともかくとして。

 とはいえ、海野本人はイジってないとは言うが、知り合いをイジられてるようで、あまり気分のいいもんじゃない。そんな不快感の欠片を感じながらも話は続く。


「諏訪は乳がデカい。推定Dカップ!」

 若干の不快感から、仕返しをしてみる。

「ぐはっ……それ言っちゃう? なに『海野、お前貧乳だし!』とか言っちゃう感じ? そういう批判は私じゃなく、遺伝子レベルで苦情提出してね? 私も激しく同意するし」

 どうやら、遺伝子レベルで異議申し立てがあるらしい。貧乳言うほど小さいか? 手のひらサイズは十分ありそうだ。まぁ、ガン見するわけにもいかんか。ん……遺伝子。そういや、忘れてた。海野岬をここまで連れてきたのは、なにも諏訪初佳の完コピが気になったからじゃない。ひとまず少し湧きかけた不快感も和らいだので、これ以上は引きずらないでおこう。


「海野……さん。望月――先生がお姉ちゃんってどういう意味」

 それより、俺にとっては先生のことだ。、先生の消息が気になっていた。

「お姉ちゃんって、正確にはお義姉ねえちゃんね? 従姉妹なの」

「そうなんだ」

 曖昧な返事。従姉妹を義姉と呼ぶのか、まず引っ掛かった。それとその事実を俺に突き付ける目的が引っ掛かる。

 望月花梨。俺の高一の時の現国の教師で副担任だ。たった一年だけの接点を二年過ぎようとしてる今、狙いがないと考える方が無理だ。俺の中の疑問を察したのか、海野岬は話を進める。諏訪初佳の言葉使いをやめて、普通の話し方で。たぶん、これが本当の海野岬の話し方なんだろう。

「ふ、複雑です。い、従姉妹で義姉妹。ふっ、蓋を開ければ簡単なこと。う、う、ウチのお母さんと――花梨ちゃんのお母さんが姉妹なのです、はい。で、ウチのお母さんと花梨ちゃんのお父さんが再婚したわけ。か、簡単って言ったけど。、ぜ、全然簡単じゃない、です……」

 話を聞きながら、その複雑さを感じながら、俺は自分の中の複雑さとも向き合わないといけない。なぜなら俺は彼女の義姉であり、従姉妹である望月先生、花梨先生に恋心を抱いていた。恋は盲目というが、まさに盲目だった。俺は自分の感情が抑えられなかった。そしてあの時やらかしてしまった。人生で初、そしてたぶん最後の恋文、ラブレターなるものを手渡してしまった。


 先生とのきっかけは些細なことだった。彼女は現国を担当していて、副担任でもあった。教科書に掲載されていた著名な小説の一部。その感想を書いて授業終わりに提出するように言われた。よくあることだ。授業内容の理解度なんかを知るためのものだったのだろう。しかし、よく分からなかった。

 俺はあの時どういうわけか、スイッチが入った。小さなわら半紙。その小さな紙に書ききれない程の感情があふれた。もちろん時間なんて足りなかった。だから最後の最後まで粘って書こうとしたが、結局のところそれでも足りなかった。

 おのおのが教壇に立つ望月先生に手渡し、休憩に行く、そんな感じで終えた授業。先生の手に集まるわら半紙に書かれた感想の多くは三行程度。俺はその時ようやく気付いた。手に汗を握るほどだった。逆に言えば、自分の手に汗が浮かんでることにすら気付かずに、俺は感想文を書いた。

 俺の手渡そうとしたわら半紙は汗で反ってしまっていたし、文字だってところ狭しと詰め込まれていた。シャーペンの芯も何度折ってしまっただろうか。でも、俺はどういう訳か、その文庫本より小さなわら半紙に感情をぶつけた。

 手渡した紙片を見た先生は一瞬ギョッとした目で俺を見た

 そこでようやく俺は感じた。空気読まない感じのことをやってしまったのだと。

 なんでこんなことをしたのかわからない。どういうわけか、濁流のように感情が溢れた。それを何かにぶつけないとどうしようもない、そう思えた。

 何がどうで、そうなったのか説明のしようがない。感動したわけでもないし、思い入れのある話でもなかった。でもどういうことか、結果として俺は自分の偏った感情をいち教師にぶつける結果となった。


 必然と言っていいだろう。その日の終礼おわり、担任は俺に告げた。

『望月先生が教科準備室に来るように言ってたぞ』

 呼び出しを食らうほど、俺は何かをやらかしてしまったらしい。

 しかし、その時の俺は気づいてなかった。俺の単なる授業での感想文が女教師の人生に少なからず影響を与えたことを。


▢作者より▢

読んでくださる皆様に深く感謝申し上げます。


アサガキタ。


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