第二話「ささやかな抵抗と癒やしの香り」

 破滅の運命を知ってしまったからといって、僕にできることなど何もない。

 義兄アレクシスの気まぐれな暴力に耐え、義母の嫌味を黙って聞き流す。ただひたすらに目立たぬよう、空気のように過ごすことが、今の僕にできる唯一の抵抗だった。


「エリオット様、少しは召し上がってください」


 心配そうな顔でパンとスープを差し出してくれるのは、僕付きの侍従であるルークだけだ。彼は、僕が幼い頃からずっと側にいてくれた、唯一の味方だった。


「……ありがとう、ルーク」


 か細い声で礼を言うと、ルークは悲しそうに眉を寄せた。

 生きる希望も見出せない。そんな僕に、ほんのかすかな光を与えてくれたのは前世の記憶だった。

 僕は前世で、ハーブを育てることが趣味だったのだ。ベランダの小さなプランターで育てたハーブでお茶を入れたり、ポプリを作ったりするのがささやかな楽しみだった。


 この広大な公爵家の庭には、手入れされずに荒れ果てた一角がある。僕は誰にも気づかれないよう、そこに足を運んだ。幸い、この世界にもカモミールやラベンダーといった馴染みのあるハーブが自生している。

 僕は前世の知識を頼りに、その小さな一角を耕し始めた。土に触れている時だけは、辛い現実を忘れられた。

 やがて、小さな花壇には緑が芽吹き、優しい香りが風に乗って運ばれてくるようになった。カモミールの甘い香り、ミントの爽やかな香り、ラベンダーの心を落ち着かせる香り。

 それらは、虐げられた僕の心をそっと包み込んでくれる、ささやかな癒やしとなった。


 僕は摘み取ったハーブを乾燥させ、小さなサシェ(香り袋)を作って自室に置いた。夜、悪夢にうなされることも少しだけ減った気がする。


「本当に、お詳しいのですね」


 ルークは僕のささやかな趣味を応援してくれ、どこからか珍しいハーブの種を手に入れてきてくれたりもした。

 この小さな秘密の花園と、ルークの優しさだけが、僕がこの地獄で正気を保っていられる理由だった。

 破滅フラグは必ず回避してみせる。ヒロインや攻略対象たちとは、絶対に関わらない。そう固く心に誓うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る