第三話「運命の夜会」
その日は、とうとうやってきてしまった。
王家主催の夜会。原作の物語が、ここから始まるのだ。僕がヒロインのリリアナと初めて接触し、彼女にワインをかけるという、断罪イベントの引き金となる夜が。
もちろん、僕は参加などしたくなかった。しかし、アシュベリー公爵家の人間として欠席は許されない。義母からは「家の恥さらしめ。大人しく壁の飾りになっていなさい」と釘を刺された。
望むところだ。僕は誰の目にも留まらぬよう、会場の隅で息を潜めることに徹した。豪華なシャンデリアの光も、楽しげなワルツの音色も、今の僕にはひどく場違いなものに思える。
(大丈夫、ヒロインに近づかなければいい。そうすれば何も起こらないはず……)
自分にそう言い聞かせ、ひたすら時間が過ぎるのを待つ。
しかし、運命は僕に味方してはくれなかった。
「エリオット、こんな隅に隠れていないで、少しは社交をしたらどうだ?」
聞き慣れた、嫌味ったらしい声。義兄のアレクシスだった。その完璧な笑顔の裏に、底知れない悪意が渦巻いていることを僕は知っている。
「……兄上。僕は体調が優れないので、ここで失礼します」
そう言って立ち去ろうとした僕の腕を、アレクシスは強く掴んだ。
「つれないことを言うな。ほら、あそこにいるご令嬢を紹介してやろう」
アレクシスが示した先には、数人の貴族に囲まれてはにかむ、可憐な少女がいた。淡いピンクのドレスに、ふわふわの栗色の髪。間違いない、彼女がヒロインのリリアナだ。
まずい、関わってはいけない。僕が必死に抵抗するのも構わず、アレクシスは僕の背中を強く押した。
よろめいた僕の体は、ちょうどリリアナの前を通りかかった給仕とぶつかってしまう。ガシャン、と耳障りな音が響いた。
給仕が持っていたトレイの上の真っ赤なワインが、放物線を描いてリリアナのドレスに降り注いだ。
「きゃっ……!」
リリアナの悲鳴。周囲の空気が一瞬で凍りつく。
アレクシスが、芝居がかった声で叫んだ。
「エリオット! なんてことを! リリアナ嬢になんて無礼な真似を!」
違う。僕は、何もしていない。アレクシスに押されたんだ。
しかし、僕の声なき主張は、誰の耳にも届かない。
原作通りの、最悪のシナリオ。僕は、絶望の中で立ち尽くすことしかできなかった。
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