番外編「束の間の帰郷」
世界の理が修復された影響は、思わぬところにも現れた。
ある日、僕の目の前に、かつて僕が住んでいたアパートの部屋のドアとそっくりな、空間の裂け目が現れたのだ。
「これは……地球への道、か」
どうやら、世界の歪みが正常化する過程で、僕が元いた世界への道が一時的に開かれたらしい。
「行ってくるよ。すぐに戻る」
エリアーナとガルドにそう告げると、二人は少し寂しそうな顔をしながらも、黙ってうなずいてくれた。
僕は懐かしいドアノブに手をかけ、裂け目を通り抜けた。
目の前に広がったのは、見慣れた自分の部屋。
机の上には、読みかけの漫画が置かれたままだ。
カレンダーの日付は、僕が召喚されたあの日から、一日も進んでいなかった。
制服に着替え、僕は街へと出てみた。
行き交う人々、車の騒音、コンビニの電子音。
全てが懐かしく、そして同時に、どこか遠い世界のことのように感じられた。
スキルはもちろん使えない。
今の僕は、ただの高校生、佐藤拓海だ。
平和な日常。
それは、僕があの世界に行く前、当たり前に享受していたものだ。
しかし、死線を潜り抜け、仲間と共に世界の運命を背負って戦ってきた今の僕にとって、この平和はどこか物足りなく、窮屈にさえ感じられた。
ここでなら、もう戦う必要はない。
危険もない。
だけど……。
僕は空を見上げた。
この空の向こうに、エリアーナやガルドがいる。
リリアや、莉子や、和解した東堂たちがいる。
僕が守り、創り上げた世界がある。
改めて実感した。
僕が異世界で得たものは、強力なスキルだけではなかった。
かけがえのない仲間との絆。
守るべきものがあるという誇り。
そして、自分の居場所。
僕の居場所は、もうここじゃない。
部屋に戻り、僕は再び現れた空間の裂け目を見つめる。
迷いはなかった。
「ただいま」
裂け目を抜けた先で僕がそう言うと、心配そうに待っていたエリアーナとガルドが満面の笑みで駆け寄ってきた。
「おかえりなさい、タクミ様!」
「遅かったじゃねえか、師匠!」
ああ、やっぱりここが、僕の帰る場所だ。
僕は、自らの意思で、仲間たちが待つこの異世界へと帰還したのだった。
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