第11話「創世の模倣」

 神々の祭壇は、巨大な洞窟の中心に位置していた。

 天井からは鎖に繋がれた巨大な水晶が吊り下げられ、その水晶に向かって、地面の魔法陣から無数の魂のような光が吸い上げられている。

 あれが、歴代の勇者たちの魂なのだろう。

 僕たちが祭壇に近づくと、空間が歪み、半透明の王冠をかぶった亡霊が姿を現した。


『我は始祖の王。この世界の安寧を守るシステムの管理者なり。愚かなる者よ、何をしに来た』


 その声は、威厳に満ちていたが、僕の心には全く響かなかった。


「安寧だと? 生贄の犠牲の上に成り立つ偽りの平和が、安寧と言えるものか。俺は、このふざけたシステムを破壊しに来た」

『やめろ。システムの破壊は、世界の崩壊を意味するぞ。この世界に蓄積されたエネルギーの循環が乱れ、世界そのものが消滅するのだ』


 始祖の王の亡霊は、警告する。

 リリアとエリアーナが息を呑むのが分かった。


「世界の崩壊……?」

「だとしても、俺の決意は変わらない」


 僕は静かに言い放った。


「古い世界は、一度壊す。そして――俺が、新しい世界を創る」


 その瞬間、僕はこれまで【完全模倣・改】でコレクションしてきた全てのスキルを、脳内で一つに統合した。

 シャドウウルフの【影渡り】、ロックベアの【剛力】、スライムの【溶解液】、ゴーレムの【硬質化】。

 エリアーナの【ヒール】、ガルドの【獣牙一閃】、クラスメイトたちの魔法、東堂の聖剣の力、リリアの氷結魔法。

 そして、この世界の理を構成する、ありとあらゆる魔法や特殊能力。

 それら全ての構造を分解し、原理を理解し、原子レベルで再構築していく。

 それは、魔法でも、剣技でも、特殊能力でもない、全く新しい概念の創造。

 世界の理そのものを上書きし、新たな法則を記述する、神の領域の力。

 僕の全身から、七色の光が溢れ出す。


『なっ……!? 貴様、何者だ! その力は、世界の理を超えている!』


 始祖の王の亡霊が、初めて動揺の色を見せる。


「俺は、佐藤拓海。ただの、追放された勇者だ」


 そして、僕は新たなスキルの名を告げた。


「【創世の模倣(ジェネシス・コピー)】!」


 僕の手から放たれた純白の光が、神々の祭壇を包み込む。

 それは破壊の光ではない。

 修復と、再生と、そして創世の光だった。

 禍々しい魔力を放っていた祭壇は、光に触れて浄化され、ガラスのように砕け散る。

 勇者召喚システムは、その概念ごと、この世界から根本的に消滅した。

 囚われていた勇者たちの魂が解放され、光の粒子となって天へと昇っていく。

 始祖の王の亡霊も、満足したように穏やかな表情を浮かべ、光の中へと消えていった。

 彼もまた、自らが作り出したシステムに永遠に縛られ続けた、犠牲者だったのかもしれない。

 光が収まった時、世界の空気が変わったのが分かった。

 淀んでいた魔力の流れが正常化し、清浄な空気が満ちていく。

 洞窟が崩れ始める。

 僕たちは急いで外へと脱出した。

 王城の外に出ると、そこには、真実を知り、呆然と立ち尽くす東堂たちの姿があった。


「……俺たちが、間違っていたのか」


 東堂が、力なく呟く。

 僕は彼の前に立ち、手を差し伸べた。


「間違いに気づけたなら、まだやり直せるはずだ。これからは、お前自身が信じる正義のために戦え」


 東堂は、しばらく僕の手を見つめた後、その手を固く握り返した。


「……ああ」


 僕たちの間に、ようやく本当の意味での和解が成立した瞬間だった。

 僕たちは共に、変わり始めた世界の、新しい夜明けを見つめていた。

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