第9話「禁断の儀式と王国の罪」

 リリアが残した言葉は、僕の心に重くのしかかっていた。

「勇者召喚こそが呪い」。

 その真偽を確かめずには、前に進めない。


「エリアーナ、この国で、古代の歴史や神話について調べられる場所はないだろうか。特に、勇者召喚に関する古い伝承が残っているような場所だ」


 宿に戻った僕は、早速エリアーナに相談した。

 彼女は博識なエルフだ。

 何か心当たりがあるかもしれない。


「勇者召喚の、古い伝承……。それでしたら、一つだけ。王都の西、禁忌の森の奥深くに、『始まりの神殿』と呼ばれる古代遺跡があります。初代国王が、最初の勇者を召喚した場所と伝えられていますが、現在は禁足地とされており、誰も近づくことはありません」


 始まりの神殿。

 そこに行けば、何か手がかりが見つかるかもしれない。


「決めた。そこへ行こう」

「危険です、タクミ様。禁足地には、それなりの理由があるはずです」

「分かってる。だけど、行かなきゃならないんだ」


 僕の決意が固いことを知ると、エリアーナとガルドも「ならば、我々も行くだけだ」と力強くうなずいてくれた。

 僕たちはSランク冒険者という立場を利用し、王国の禁を破って「始まりの神殿」へと向かった。

 神殿は、強力な結界と古代のゴーレムによって守られていたが、僕の【万物融解の呪液】とガルドの剣、エリアーナの補助魔法の前では、障害にすらならなかった。

 神殿の内部は、時の流れが止まったかのように静まり返っていた。

 壁には、勇者召喚の様子を描いたと思われるレリーフが延々と続いている。

 だが、その絵は、代を重ねるごとに徐々に不気味なものへと変化していた。

 最初は英雄として描かれていた勇者の姿が、次第にやつれ、最後にはエネルギーを吸い取られたミイラのようになっていたのだ。

 そして、神殿の最奥。

 祭壇と思われる場所に、僕たちは一枚の巨大な古代の石版を発見した。

 そこには、神代の文字で、勇者召喚システムの真実が克明に記されていた。

 エリアーナが、震える声でその内容を解読していく。


「これは……なんて、酷い……」


 石版に刻まれていたのは、リリアの話を裏付ける、あまりにも非道なシステムの全貌だった。

 初代国王は、自らの王国の永遠の繁栄を願い、神々の力を悪用してこの召喚システムを作り上げた。

 その本質は、異世界から魂ごと人間を召喚し、その魂が持つ莫大なエネルギーを吸い尽くして、国の土地を豊かにし、結界を維持するための礎とする、というものだった。

 勇者とは、そのための「生贄」。

 魔王とは、そのシステムがエネルギーを吸い上げすぎて世界そのものが崩壊しないように、世界のバランスを取るために、システム自身が生み出した「調整役」に過ぎなかった。

 勇者が魔王を倒せば、世界に平和が訪れる。

 しかし、その平和は、吸い尽くされた勇者の魂のエネルギーによってもたらされる一時的なもの。

 エネルギーが尽きれば、また国は衰退し、新たな勇者を召喚する必要が生まれる。

 全ては、王国の繁栄のためだけに仕組まれた、壮大な自作自演のマッチポンプ。


「じゃあ、俺たちは……」


 ガルドが絶句する。

 そうだ。

 僕たち異世界人は、ただ利用され、魂を搾り取られるためだけに、この世界に呼ばれたのだ。

 激しい怒りが、体の奥底から湧き上がってきた。

 それは、東堂たち個人に対する復讐心などとは比べ物にならない、もっと巨大で、根源的な怒りだった。

 僕たちを弄んだ、初代国王。

 その非道なシステムを隠蔽し、今も利用し続けている王国。

 そして、こんな理不尽を許している、この世界の理そのものに対して。


「許さない……」


 僕の口から、低い声が漏れた。


「絶対に、許さない。こんなクソみたいなシステム、俺が全部ぶっ壊してやる」


 僕の復讐の矛先は、もはや勇者パーティや王国の一部ではない。

 この世界を歪めている、全ての元凶へと向けられた。

 僕の背後で、エリアーナとガルドが固い決意の表情でうなずくのが分かった。

 真実を知った今、僕たちがやるべきことは一つ。

 この狂った世界の歯車を、根本から破壊することだ。

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