第8話「敵からの誘いと世界の真実」
聖女・莉子を追い返した数日後の夜。
僕とエリアーナ、ガルドは、依頼の帰り道、アークライトの街の外れを歩いていた。
その時、まるで空気が凍りつくような、圧倒的な魔力のプレッシャーが周囲を支配した。
ガルドは即座に剣を抜き、エリアーナは警戒して杖を構える。
月明かりの下、僕たちの前に音もなく一人の女性が姿を現した。
流れるような銀髪に、血のように赤い瞳。
その顔には見覚えがあった。
勇者パーティを壊滅させたという、魔王軍最強の幹部。
「『氷結の魔女』リリア……!」
僕がその名を呟くと、彼女は妖艶に微笑んだ。
「お会いできて光栄ですわ、Sランク冒険者、佐藤拓海。噂通りの面白い力をお持ちのようですね」
尋常ではない殺気。
いつでも【完全模倣・改】を発動できるよう、全神経を集中させる。
彼女の使う絶対零度の魔法。
それを模倣し、改良すれば、あるいは……。
「そんなに警戒なさらないで。今夜は、あなたと戦いに来たわけではありません」
リリアに戦意はないようだった。
彼女はゆっくりと僕に近づき、衝撃的な言葉を口にした。
「単刀直入に言いましょう。佐藤拓海、私たち魔王軍に加わりなさい。共に、この歪んだ世界を正すために戦ってほしいのです」
「……何を言っている? 魔王軍は、世界を滅ぼそうとしている侵略者だろう」
僕の問いに、リリアは悲しげに首を横に振った。
「それこそが、王国が作り上げた偽りの情報。あなたたち勇者が、私たちをそう信じるように仕組まれた嘘ですわ」
そして、彼女は世界の根幹を揺るがす、驚くべき真実を語り始めた。
「勇者召喚こそが、この世界を歪める最大の呪いなのです」
リリアによると、この世界における勇者召喚は、異世界から強大な魂を無理やり引きずり込み、その魂が持つ莫大なエネルギーを吸い上げて、世界の理を少しずつ歪ませていく禁断の儀式なのだという。
「考えてもみて。何の罪もない人間を、ある日突然、見ず知らずの世界に連れてきて、戦えと命じる。これほど理不尽で、非道なことがあるでしょうか?」
彼女の言葉は、僕がこの世界に来てからずっと感じていた疑問の核心を突いていた。
「魔王様は、侵略者などではありません。むしろ、この世界の守護者。繰り返される勇者召喚によって歪んでしまった世界の理を、本来あるべき姿に戻そうとしているのです。その召喚の連鎖を断ち切るために、私たち魔王軍は戦っている」
「……つまり、王国こそが、この世界の敵だというのか?」
「その通り。王国――正確には、王国の創始者たちが作り上げたこの『勇者召喚システム』こそが、自らの繁栄のためだけに世界を犠牲にしている元凶なのですわ」
にわかには信じがたい話だった。
だが、僕を無能と断じて簡単に切り捨てた王国の非情さを考えれば、ありえない話ではないとも思えた。
「あなた、佐藤拓海。あなたは他の勇者とは違う。その規格外の力は、おそらく、この世界の理から外れている。だからこそ、システムはあなたを『エラー』と認識し、排除しようとした……それが、あなたの追放の真相かもしれません」
僕の【完全模倣・改】が、この世界のシステムから逸脱した力……?
「私たちは、あなたの力を必要としています。私たちと共に、この世界を支配する偽りのシステムと戦ってはくれませんか?」
リリアは、僕に手を差し伸べる。
その瞳は真剣だった。
これまで、僕の戦う理由は、自分を裏切った者たちへの復讐だった。
しかし、もしリリアの話が真実なら、僕が本当に戦うべき相手は、もっと大きな存在ということになる。
東堂たち勇者でさえ、この巨大なシステムの被害者の一人に過ぎないのかもしれない。
「……すぐに答えは出せない。あんたの話が真実だという証拠もない」
「ええ、構いませんわ。ですが、いずれあなたは真実にたどり着くでしょう。その時、どちらの側につくか、よくお考えなさい」
そう言い残し、リリアは氷の霧と共にその場から姿を消した。
後に残されたのは、僕と仲間たち、そして僕の心の中に生まれた、新たな目的と大きな疑念だった。
この世界の、本当の敵は誰なのか。
僕は、一体何のために戦えばいいのか。
答えを見つけ出すため、僕たちの新たな戦いが始まろうとしていた。
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