第7話「聖女の贖罪と冷たい拒絶」
勇者パーティの敗北は、深刻な爪痕を残した。
特に、東堂をはじめとする前衛メンバーは、リリアの氷結魔法によって特殊な呪いを受けていた。
体の芯が凍りつき、徐々に生命力が失われていくのだ。
「なぜ……私の【ヒール】が効かないの……?」
聖女・白石莉子の治癒魔法をもってしても、その呪いを解くことはできなかった。
仲間たちが日に日に衰弱していく姿を前に、彼女は無力感に苛まれていた。
万策尽きたその時、ある噂が彼女の耳に入る。
遠くの街アークライトに、どんな傷や呪いも癒やすという奇跡の魔法を使うSランク冒険者がいる、と。
そして、その冒険者の名が「佐藤拓海」だと知った時、彼女は全てを理解した。
助かる道は、これしかない。
莉子は、周囲の制止を振り切り、たった一人でアークライトの街へと向かった。
数日後、彼女は冒険者ギルドで、かつて自分が裏切った少年の姿を見つける。
「佐藤……くん……」
声をかけるのが、ためらわれた。
そこにいたのは、彼女の知る気弱で目立たなかった佐藤拓海ではなかった。
エリアーナやガルドといった屈強な仲間たちと談笑する彼は、揺るぎない自信と、全てを見通すような鋭い眼差しを持つ、絶対的な強者の風格を纏っていた。
意を決して、莉子は拓海の前に進み出た。
「……佐藤くん」
僕を呼ぶ声に振り向くと、そこにいたのは疲れきった様子の白石莉子だった。
彼女だと気づいた瞬間、僕の心は急速に冷えていく。
隣にいるガルドとエリアーナが、怪訝そうな顔で僕たちを見ている。
「……何の用だ、聖女様」
他人行儀な僕の言葉に、莉子はビクリと肩を震わせた。
彼女は目に涙を溜め、その場で膝から崩れ落ちる。
「ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい! あの時、あなたを助けられなかった……私、怖くて、周りに流されて……!」
涙ながらに過去の仕打ちを謝罪し、彼女は助けを求めてきた。
仲間が呪いで死にかけていること、それを救えるのは拓海の力だけだということ。
しかし、僕の心は、かつて受けた屈辱と裏切りの記憶で、復讐の炎が燃え盛っていた。
「今さら助けを乞うか。お前たちが俺にしたことを、忘れたわけじゃないだろう」
僕は、凍えるように冷たい声で言い放った。
「俺はあの日、雨の中で一人で死にかけたんだ。誰にも助けられずにな。それを、今になって助けてくれ? ふざけるな」
僕の完全な拒絶に、莉子は顔を上げて絶望の表情を浮かべた。
「そ、そんな……お願い、この通りだから! どんなことでもする! だから、仲間を……東堂くんたちを助けて……!」
床に額をこすりつけて懇願する彼女の姿は、惨めだった。
だが、僕の心は動かなかった。
自業自得だ。
そう思うことで、心を閉ざした。
その夜、宿に戻った僕に、エリアーナが静かに語りかけた。
「タクミ様。本当に、このままでよろしいのですか?」
「……何が言いたい」
「あなたの気持ちは、痛いほど分かります。ですが、過去に囚われて、目の前で救えるはずの命を見捨てるのは、あなたの本意ではないはずです。あなたは、名も知らぬ私を助けてくれました。その優しさは、偽りではないでしょう?」
エリアーナの言葉が、僕の心の壁を静かに叩く。
そうだ。
僕が戦う理由は、もう復讐だけじゃない。
この世界で出会った、大切な仲間を守るためでもある。
床に突っ伏して泣き叫ぶ莉子の姿が、脳裏をよぎる。
彼女が必死に助けを求めているのは、僕を追放した張本人である東堂たちだ。
その姿は、愚かで、滑稽で、だけど……少しだけ、心を揺さぶられたのも事実だった。
翌日、僕は再び莉子の前に現れた。
「助けてやる。だが、条件がある」
希望の光を見出したように顔を上げる莉子に、僕は非情な現実を突きつける。
「まず、お前たちのしたことは絶対に許さない。未来永劫、謝罪も受け入れるつもりはない。そして、二度と俺の前に『仲間』として現れるな。お前たちは、俺にとっては赤の他人以下の存在だ」
「……はい」
「最後に、俺がお前たちを直接助けることはない。俺がこれからやることをよく見て、お前のスキルで模倣しろ。それが、お前に与える唯一の救いだ」
僕は彼女の目の前で、氷結の呪いを解くための、特殊な【細胞再生魔法】を発動させてみせた。
もちろん、僕が使うオリジナルの魔法ではなく、意図的に性能を落とした劣化版だ。
莉子は聖女としての才能で、その魔法を必死に模倣し、自らの力として習得した。
「……ありがとう、佐藤くん」
「礼を言うな。これはお前たちのためじゃない。俺の気が変わっただけだ」
僕は背を向け、彼女に言い放つ。
「さっさと行け。そして二度と、俺の前にその顔を見せるな」
莉子は深々と一礼すると、仲間たちが待つ王都へと急ぎ帰っていった。
僕は彼女の後ろ姿を見つめながら、複雑な感情を抱えていた。
復讐は、まだ終わっていない。
だが、僕の心は、少しずつ変化し始めているのかもしれない。
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