第3話「エルフの薬師と生命の魔法」
シャドウウルフを仕留めた僕は、生きるためにその肉を食べ、湧き水を飲んで飢えと渇きを凌いだ。
まだ本調子とは言えないが、スキルの覚醒が精神的な支えとなり、心に力がみなぎっていた。
まずはこの危険な森を抜け出し、情報を集める必要がある。
【無影】のスキルを使い、魔物の気配を察知しては回避しながら、森の奥深くへと進んでいく。
数日が経った頃、森の開けた場所で、不自然な戦闘の痕跡を見つけた。
地面はえぐれ、木々はなぎ倒されている。
そして、その中心で、巨大な熊のような魔獣――ロックベアが、一人の女性に襲いかかっているところだった。
女性は、長く尖った耳と、しなやかな体躯を持つエルフだった。
その美しい顔は苦痛に歪み、片腕からはおびただしい量の血が流れている。
傷口は黒く変色しており、明らかにただの傷ではない。
「くっ……!」
エルフの女性は、残った手で杖を構え、緑色の光を放つ魔法を自身にかけようとしていた。
治癒魔法、【ヒール】。
しかし、その光は傷口に触れた瞬間、黒い瘴気によってかき消されてしまう。
呪いだ。
ロックベアの爪には、治癒を阻害する呪毒が含まれている。
ロックベアが、とどめを刺そうと巨大な腕を振り上げた。
万事休す。
「【完全模倣・改】」
僕は、エルフが使おうとした【ヒール】を模倣する。
瞬時に、その魔法の構造式が脳内に展開された。
なるほど、魔力で生命力を活性化させ、傷の治りを早めるだけの単純な構造だ。
これでは呪毒を浄化する力はない。
だが、僕にはその先が見える。
この魔法の改良点……生命力そのものに直接働きかけるのではなく、細胞の一つ一つに命令を送り、自己再生能力を極限まで引き上げる。
傷を治すのではなく、傷ついた部分を「再生」させる。
呪毒に侵された細胞ごと、新しい細胞に置き換えてしまえばいい。
僕は杖も詠唱もなしに、ただイメージするだけで魔法を発動させた。
「【細胞再生魔法(リジェネレーション)】!」
僕の手から放たれたエメラルドグリーンの光が、一直線にエルフの女性へと飛んでいく。
光が彼女の傷ついた腕に触れた瞬間、奇跡が起こった。
黒い瘴気が浄化され、見るも無残だった傷口が、まるで早送り映像のように肉芽が盛り上がり、皮膚が再生していく。
わずか数秒で、傷は跡形もなく消え去っていた。
「なっ……!?」
エルフの女性は、自分の腕を見て絶句している。
その隙を、ロックベアが見逃すはずもなかった。
僕という新たな獲物を見つけ、咆哮を上げて突進してくる。
だが、今の僕の敵ではない。
シャドウウルフを倒した時、僕は彼らのスキルだけでなく、その身体能力も一部模倣していた。
森での数日間で、他の魔物のスキルもいくつかコレクション済みだ。
僕はロックベアの【剛力】を模倣・改良して身体能力を爆発的に高め、突進を紙一重でかわす。
そして、懐に潜り込み、木の根から生えていた硬い蔓を操るモンスターのスキル【蔦拘束(バインドウィップ)】を改良した【金剛蔦(こんごうつた)】で、その巨体を瞬時に縛り上げた。
身動きが取れなくなったロックベアの心臓めがけて、僕は鋭い石を突き立てる。
断末魔の叫びを上げて、巨大な魔獣は崩れ落ちた。
戦闘は、あっという間に終わった。
僕はエルフの女性に近づき、声をかける。
「大丈夫ですか?」
彼女は、まだ信じられないといった様子で自分の腕と僕の顔を交互に見ている。
「あ、あなたは……一体……? 今の魔法は……? 詠唱も魔法陣もなしに、神聖魔法の最上位に位置する再生魔法を……ありえない……」
「エリアーナと申します。高名な……いえ、ただの薬師です。命を救っていただき、感謝いたします」
彼女は気を取り直して、丁寧に自己紹介してくれた。
薬草を採りに森の深くへ入り込み、ロックベアに襲われたらしい。
「僕はタクミ。佐藤拓海だ」
「タクミ様……あなたのその力は、一体……? 失礼を承知でお伺いしますが、あなたが使った治癒魔法は、私の知るどんな魔法体系にも当てはまりません。まるで、生命の理そのものを書き換えるような……神話級の御業です」
エリアーナは興奮した様子で僕の魔法を分析する。
彼女は僕の【完全模倣・改】のスキルのことを見抜いたわけではないが、僕の力の異常性は感じ取ったようだ。
「色々あって、少し特殊な力が使えるだけだよ」
はぐらかす僕に、彼女は真剣な眼差しを向けた。
「タクミ様。もしよろしければ、私をあなたの旅に同行させていただけないでしょうか。私はこの森の地理や、この世界の魔法、薬草の知識には自信があります。あなたの足手まといにはならないはずです。何より、あなたのその力を、この目でもっと見てみたいのです」
命を救われた恩義と、僕の能力への純粋な知的好奇心。
彼女の目には、裏も下心も感じられなかった。
追放されてから初めて向けられた、偽りのない好意的な視線だった。
一人でいるより、協力者がいた方がいいのは確かだ。
特に、この世界の知識を持つ彼女は、心強いパートナーになるだろう。
「……分かった。よろしく、エリアーナ」
「はい、タクミ様!」
花が咲くような笑顔を見せるエリアーナ。
こうして僕は、エリアーナという最初の仲間を得た。
彼女からこの世界の様々な知識を教わりながら、僕たちは共に嘆きの森を抜けるための旅を始めることになった。
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