第4話「冒険者ギルドと獣人の剣」

 エリアーナの案内のおかげで、僕たちは無事に「嘆きの森」を抜け、一番近くにある街「アークライト」にたどり着いた。

 石畳の道、活気のある市場、行き交う人々の姿。

 追放されてから初めて見る文明の光景に、僕は少しだけ安堵の息を漏らした。


「さて、タクミ様。これからどうされますか?」

「まずは、情報収集と生活の基盤を整えたい。そのためにも、冒険者ギルドに登録しようと思う」


 自分の力を試すのにも、生計を立てるのにも、それが一番手っ取り早いだろう。

 エリアーナも同意してくれ、僕たちは街の中央に位置する、ひときわ大きな建物へと向かった。

 ギルドの中は、屈強な男たちの熱気と酒の匂いで満ちていた。

 カウンターで登録手続きを済ませ、最後に魔力測定を行うことになった。

 水晶玉に手をかざすと、ほんのりと光が灯るだけ。


「はっ、なんだこいつ。魔力は一般人並みじゃねえか」

「森から出てきたばっかのひよっこか。すぐに死ぬのがオチだな」


 周囲から嘲笑が飛ぶ。

 僕のスキルは他者のスキルを模倣して初めて真価を発揮するため、素の魔力量は高くない。

 いちいち相手にするのも面倒なので、無視して依頼ボードへと向かった。

 その時、ギルドの一角で言い争いが起きているのが目に入った。


「だから! 俺一人でも十分だって言ってるだろうが!」


 声を荒げているのは、鋭い目つきをした虎の獣人だった。

 体格はいいし、腰に差した剣も年季が入っている。

 しかし、彼の周りには誰も寄り付こうとしない。


「うるせえよ、ガルド! お前の剣は我流で荒すぎるんだよ。連携も考えずに一人で突っ込む奴と誰がパーティを組むか!」


 他の冒険者たちが、彼を厄介者扱いしているようだった。

 ガルドと呼ばれた獣人剣士は、悔しそうに唇を噛み締めると、一番ランクの低い薬草採取の依頼書をひったくり、足早にギルドを出て行った。


「あの人は?」

「ガルドさんですね。剣の才能は素晴らしいのですが、いかんせん荒削りで……誰かに剣を教わったことがないそうです。パーティを組んでも連携が取れず、すぐに孤立してしまう。もったいない才能なのですが」


 エリアーナが気の毒そうに説明してくれた。

 僕は彼に、少しだけ興味を惹かれた。

 僕たちは手始めに、ゴブリン討伐の依頼を受けることにした。

 依頼場所に向かう途中、先ほどの獣人剣士、ガルドが数体のゴブリンと戦っているのを見かけた。

 彼の剣は、確かに荒削りだった。

 しかし、その一振り一振りに込められた腕力と速度は、並の冒険者の比ではない。

 ゴブリンを切り裂いた最後の一撃。

 それは、獣のような獰猛さを感じさせる鋭い突きだった。


「【完全模倣・改】」


 僕は彼の剣技、【獣牙一閃】を模倣する。

 脳内に、彼の動きの全てが流れ込んできた。

 足の踏み込み、腰の回転、腕の振り、剣の角度、力の流れ。

 全てが完璧にインプットされる。

 そして同時に、無数の無駄が見えた。

 もっと腰を深く落とせば威力が増す。

 剣を突き出す瞬間に手首を捻れば、螺旋状の力が加わって貫通力が上がる。

 空気抵抗を最小限に抑える刃の角度はここだ。

 僕は彼の剣技を、僕の中で再構築していく。

 そして生まれたのが、音速を超え、目に見えない真空の刃を放つ、全く新しい剣技だった。


「【絶空の剣技(ぜっくうのけんぎ)】」


 僕は木の枝を拾い、ガルドの前に立つ。


「おい、あんた……さっきの奴か。何か用か?」


 警戒心をあらわにする彼に、僕は言った。


「あなたの剣、見させてもらった。面白い剣だけど、無駄が多すぎる。少し、手合わせ願えませんか?」

「ああん? 舐めてんのか、てめえ!」


 僕の挑発に、ガルドは分かりやすく乗ってきた。

 彼は本気で剣を構える。

 僕は木の枝をゆらりと向けた。

 模擬戦が始まる。

 ガルドが猛然と切りかかってくるが、僕にはその剣筋が全て見えていた。

 彼の動きの「原型」を知っているからだ。

 最小限の動きで攻撃をいなし、僕はカウンター気味に木の枝を振るった。

 ヒュンッ、と空気を切り裂く音がした。

 僕が振った木の枝の先から、不可視の斬撃が放たれる。

 ガルドは咄嗟に剣でガードしたが、その衝撃に数メートルも吹き飛ばされた。


「なっ……!?」


 何が起きたか分からず、驚愕の表情を浮かべるガルド。


「それが、あんたの剣の完成形の一つだ。身体の動かし方、力の流れ、全てを最適化すれば、斬撃は音を超える」


 僕は、先ほど彼から模倣した知識を、そのまま彼に教える。

 ガルドは呆然と自分の手と剣を見つめ、そして僕の顔を見た。

 その目には、先ほどの敵意はなく、信じられないものを見るような驚きと、わずかな尊敬の色が浮かんでいた。

 彼はその場に膝をつくと、深々と頭を下げた。


「頼む! 俺に……俺に、あんたの剣を教えてくれ! いや、弟子にしてくれ、師匠!」

「師匠はごめんだが、仲間としてなら歓迎する」


 こうして、僕は二人目の仲間、獣人剣士のガルドを迎えた。

 エリアーナの知識と回復魔法、ガルドの圧倒的な前衛能力、そして僕の規格外のスキル。

 僕たちのパーティは、ここから本格的な活動を開始することになる。

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