1分で読める創作小説2025

沙貴

手触り(1話完結)

(生産性の最大化の義務)

第一条 すべての者は、その職務その他の活動において、生産性を最大限に発揮しなければならない。


(罰則)

第二条 前条の規定に違反した者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。


人々にとって、生産性を上げる一環として「決断コスト」を削減することは義務だった。乳幼児を除く人類の食事は、朝は完全栄養ずんだペースト、昼は固い完全栄養せんべい、夜は完全栄養餅と定められ、食に関する選択の余地は消されていた。


それでも料理や菓子を希求する者はおり、彼らは摘発を恐れながら闇レストランや闇カフェに集った。


華子は合理化省の高級官僚である。合理化省は、数学とりわけ幾何学を修めた者の狭き門だ。愛子は「記憶を持つ図形の時空幾何」という論文で博士号を取得し、異例の待遇で入職した。


人々は生まれてすぐ遺伝子検査を受け、生涯を「生産」に最適化された道筋に従って生きた。ある者には「呼吸」が最適と定められ、ある者には「虚時間シミュレーションによる未知核種の臨界性評価」が与えられた。死そのものを最適とする判定だけは、誰にも下されなかった。


華子は「合理化省に入職する」という選択を課され、そのために努力を重ねてきた。


現在、彼女は「服装コーディネートの決断コスト削減」に取り組むチームにいた。制服導入案が有力だったが、華子は反対した。


「我々は社会主義国家がどうなったかこの目で見ました。食事は内臓を通過するだけで感触に頓着しません。しかし衣服は長く肌に触れます。不快であれば生産性を下げる。私は提案します。衣服の素材を一生一種類に定め、選んだ素材以外を着用できないようにしましょう」


この案は即日可決され、「定衣法」として成立した。


人々は安価な綿ブロードを選んだ。富裕層は羽二重を好んだ。華子はシルクビロードを選び、下着から靴下、ストッキングに至るまで全てシルクビロードで統一した。


合理化の旗手として華子は、官僚としては異例にもメディアに取り上げられた。全身シルクビロードの姿に大衆は酔いしれた。やがて彼女の選択は羨望となり、人々は闇フェティッシュバーでこっそりシルクビロードを愛でるようになった。


華子もまた恍惚としていた。やがて住居の壁紙や寝具、バッグや靴に至るまで全てをシルクビロードで覆い、顔すら布で覆った。


大衆は熱狂し、闇市場では華子が身につけた布の切れ端が法外な値で取引された。椅子の埃、吐息を封じた瓶まで売買の対象となった。


合理化の象徴であった華子は、ついには世界で最も不合理な偶像として崇められるに至った。

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