第4話 「“税金の無駄?”に、水ではなく手順を」
朝礼。ホワイトボードに今日の三本柱が並ぶ。
公開オープンデー設計(安全デモ/会計公開/現場見学)
母娘宅への仮訪問(高架帯域の測定)
“税金の無駄?”FAQ拡張&質疑想定
「数字は先に出す。言葉で奪われたものは言葉で返す」黒川センター長。
「炎上側が来ても手順で返す」甘粕隊長。
「図と2分40秒のダイジェストで温度を下げる」白石ユナ。
わたしはメモに半歩・静音・待つの三語を書き、ポケットに擬似耳栓と**“間カード”**をしまった。
◇
午前、母娘宅の仮訪問。
高架の橋脚が窓の外に見える。地鳴りが床板の下でぶうと細く鳴り続けていた。
「48Hz帯、家の中心は**−50〜−55dB**。寝室の窓辺で**−45dBまで上がる」
芹沢獣医が振動計の値を読み上げる。
わたしは白色音ファンを窓辺に置き、擬似耳栓の使い方を母に伝える。
「耳を守るんじゃなく、“間”を作るための道具です。鳴いたら座る、触る前に待つ」
娘さんが頷き、“間カード”**を声に出して読む。
「『半歩×二、静かに吸って吐く、触れる前に待つ』」
「火は——」母。
「今のぽかは点かない夜が増えています。点いたとしても42–45℃。まず**“点かせないで済む”寝室の作りを」
ベッドの位置を壁側へ半メートル寄せ、カーテンの裏に遮音毛布を一枚**。
娘さんが自分の毛布を抱えて来て、小さく言った。「これ、“匂い布”になれる?」
「なれます。毎週、洗って、また匂いを足す」
母の目に、薄い光。**“できること”**が増えると、人は強くなる。
玄関先。ご近所の男性が腕を組んで立っていた。
「危険なものを入れるなよ。税金出してんだ」
息を一つ静かに吸い、半歩で近づく。
「危険は音と速さから生まれます。ここでは音を隠すのでなくずらします。同意書と保険はこちらです」
白石が一枚モノの図入り説明を渡す。“点火は指標で武器じゃない”の図。
男性はしばらく紙を見て、「……ファン、孫の寝かしつけにも効くのかな」と呟いた。
「効きます。貸し出しできます」
言葉の角が、少し丸くなる。
◇
センターに戻る途中、通知音。
《渋谷レオン:税金の無駄に切り込む——保護センター“火を家庭に配る”説》
サムネは相変わらず煽り色が強い。
白石がドライブレコーダー越しに息で笑う。「来るね。なら重ねる」
センター到着と同時に公開FAQの拡張を始めた。
追加FAQ(抜粋)
Q. 火が点く=危険では?
A. 点火温度は42–45℃。可燃域外。安心の指標。点けない夜を設計します。
Q. 費用対効果は?
A. 討伐費(緊急出動・後始末):平均112,000円/件。保護→適応→里親:初期68,000円/個体+監理。再発事故の減少で二年で逆転。
Q. 近隣トラブルは?
A. 近隣説明台本と24h窓口をセンター側で提供。返金=辞退の導線あり。
黒川センター長が会計石を叩き、公開会計シート v0.3を壁に貼る。
『人件費/器材(遮音・加重)/医療/講習運営/保険料/寄付入金/市補助――収支見通し:黒(里親継続91%維持時)』
「費目を大きく、数字を見えるに。無駄って言葉は見えないから強い。見せれば弱くなる」
◇
午後遅く、オープンデーの設計会議。
甘粕が動線図を広げる。
「安全デモの場は会議室A。会計公開は廊下突き当たり。現場見学はガラス越しで5分。“炎上側”は入り口で別導線、広報が受ける」
「返金は受付でいつでも。“恥ではない”の紙は目線の高さ」白石。
「鳴いたら座る、触る前に待つ——合言葉を音声で回す」芹沢。
わたしは付箋に**“点かない夜の価値”**と書き、モニタの端に貼った。見せない練習もデモに入れる。
◇
夕方。ぽかのケージ前。
今日の接触は低刺激で終える。待つ→触れない→扉前で座る。
ひゅが息に溶け、瞼が落ちる。
点火はゼロ。
記録欄に**“無点火(良)”と書き込む。
そこへ、内線が鳴った。黒川から。
「市役所から。予算委ヒアリング、オープンデーの翌日。渋谷レオンの意見陳述が同席に」
一拍、肺が重くなる。
「数字で返す。現場で返す。手順で返す」
声に出すと、重さが形**になる。持てる。
◇
夜。白石が2分40秒の新ダイジェストを上げた。
『“点かない夜”の作り方—耳栓は“間”の道具です』
鳴きの短縮ログと、無点火のグラフ。
コメント欄に、母娘のアイコンから短い文。
《ファン貸出ありがとうございます。窓のごうが少し小さくなりました》
画面の光が、机にやわらかく落ちる。
ちょうどそのとき、渋谷レオンの新着も跳ねた。
『危険!保護センターが“税金黒字”を偽装?』
会計シート v0.3の切り抜き。費目の一部だけを拡大し、寄付金を強調して**“市の金じゃないから黒字と言い張ってる”と字幕。
白石が肩を竦める。「はい、想定の角度」
黒川が即答。「元データをCSVで公開**。“誰でも試算”シートも添える」
甘粕は明日の巡回に一件追加。「センター前で凸がある。半歩で散らす練習」
芹沢はぽかの温度を見て、「今日はよく眠れる」と短く言った。
◇
閉館間際。
観察窓に頬を寄せると、ぽかがゆっくりと寝返りを打つ。
ひゅは出ない。
点かない夜が、二つ目。
扉に手を当て、息をそろえる。
——水は火にかけるものじゃない。手順で火を点けない夜を作る。
“税金の無駄?”に、水ではなく手順をかける。
背後で、甘粕が低く言う。
「オープンデー、小さなざまぁがひとつ取れりゃ勝ちだ」
「ひとつで十分です」
わたしは頷き、ハンドブックの背を撫でた。
明日は——公開で、待つを見せる。半歩で、不安をほどく。
ぽかは眠り、東京は回り続ける。
(第4話 了/つづく)
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