第二章:失踪
翌朝、八幡町の空は鉛色の雲に覆われ、盆の湿気はさらに重くなっていた。
静馬は居間で朝食を取っていると、庭先で夏芽が誰かと話している声が聞こえた。低く抑えたその声に、ただならぬ空気が漂っている。
「……また、ですか」
「ええ、今朝方。田中の息子さんが——」
夏芽の言葉が途切れ、代わりに外からサイレンの音が近づいてきた。
静馬が縁側に出ると、玄関前の砂利道にパトカーが停まり、中から一人の男が降りてきた。
黒いスーツに身を包んだ四十代半ばの刑事——狩野と名乗った。
「失礼します。荒川静馬さんですね」
「……はい」
「町で失踪事件がありまして。場所がこちらの竹林の近くでして、少しお話を伺えればと」
狩野の声は淡々としているが、その目は鋭く、静馬を射抜くように観察している。
彼の話によると、行方不明になったのは高校二年生の男子で、昨夜友人と花火をした後、一人で帰る途中に姿を消したという。
——最後に目撃されたのは、八幡川沿いの林道、そして竹林の入口だった。
狩野は家の裏手に回り、竹林の境目で立ち止まった。
「この辺り、夜はかなり暗くなるでしょう」
「ええ……外灯もないですし」
「不思議なことにね、林道の砂利に焼け焦げた跡があったんですよ。小さな焚き火の跡のような……」
静馬の背筋に冷たいものが走った。
——昨夜、自分が見た青白い火。
それと今の話は、偶然の一致なのか。
狩野は竹林を見上げながら呟いた。
「実はこの町、過去五十年で十数件の失踪が起きてるんです。どれも八月、盆の時期。そして例外なく、現場近くで“薪の燃えた跡”が見つかっている」
「……まさか、それは——」
「八幡の薪、って呼ばれているそうですね」
静馬は言葉を失った。
狩野の口調はあくまで捜査官のものだったが、その目には、迷信を否定しきれない複雑な色があった。
その日の午後、町の公民館では捜索隊が編成された。だが、竹林の奥に入ろうとする者はいない。地元の人間は皆、理由も告げずに首を横に振る。
「薪の夜は近づくな」——それだけを繰り返す。
夕暮れ時、静馬はふと庭に出た。
竹林の奥から、再び「パチ……パチ……」と乾いた薪の音が響いてくる。
空気はじわじわと冷たくなり、風に混じって少年の声がかすかに聞こえた。
「……助けて……」
振り返った瞬間、竹の隙間に青白い炎が浮かび、その中に——昨夜見たあの長い髪の女が、確かにこちらを見ていた。
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