第三章:封じられた記憶
翌日、朝から町はざわついていた。
行方不明になった田中の息子の捜索は続いていたが、手がかりは一向に見つからない。警察は「事件性も視野に入れて」と言いながらも、地元の人間は頑なに竹林には足を踏み入れなかった。
——あそこに入ったら戻れない。
そう信じているからだ。
午前十時、夏芽が紙束を抱えて静馬の部屋を訪ねてきた。
「ちょっと見せたいものがあるの」
机の上に広げられたのは、町の古地図と、昭和期の新聞の切り抜きだった。
ひとつは昭和四十八年の「少年失踪」、もうひとつは昭和五十年の「主婦行方不明」、さらに平成初期の「観光客女性の神隠し」——
どれも現場は八幡川沿い、そして竹林の近く。
記事の片隅には必ず、「現場付近で焚き火の跡」「薪の音を聞いた」という証言が添えられていた。
「……これ、全部同じ場所?」
「ええ。そしてね、もっと古い記録もあったの。江戸末期の村帳に、“薪の社に捧げられし者、二十一”って書いてある」
夏芽の声が少し震えた。
「荒川家は、その儀式の……当番の家だったみたい」
「儀式?」
「村が飢饉や疫病を避けるために、八幡様に“人”を薪と一緒に捧げるのよ。——薪の夜は、神様が腹を空かせてやってくる」
静馬は黙ったまま地図を見つめた。
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。
——夜、庭で遊んでいた妹が、炎の灯る竹林の方へ歩いていく。
「おい、帰ってこい!」と叫んだ瞬間、竹の間から長い髪の女が現れ、妹の手を取った。
その顔は影に隠れて見えなかったが、口元だけが笑っていた。
——気がつけば翌朝、妹はいなくなっていた。
家族も親戚もそのことを口にせず、ただ「東京の親戚に預けた」と言い張った。
けれど、その後妹の消息を聞いた者はいない。
夜、静馬は縁側に座り、暗闇に沈む竹林を見つめた。
虫の声の奥に、かすかに薪の音が混じる。
その音に重なるように——妹の声がした。
「お兄ちゃん……こっちに来て……」
思わず立ち上がり、庭を踏み出そうとした瞬間、背後から強く腕をつかまれた。
振り返ると、そこに狩野刑事が立っていた。
「……ダメだ、あんたまで消えるぞ」
狩野の表情は、迷信を信じないはずの刑事のものではなかった。
それは、何かを実際に“見た”人間の顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます