精霊の呪い

Side エイダの街の魔女


私の中にはこの世界ではない『世界』の記憶がある。


この世界では発達していない科学や医学という知識。


魔法が発展しているこの世界では、その考え方自体がない。

土が瘦せたなら魔法を使えばいい。


水がなければ魔法を使えばいい。


身体が悪いならば魔法を使えばいい。


この世界はそんな場所だった。


そして、男を目の前にして真っ先に思ったのは『眠れる森の美女』か?だった。


金髪に赤い瞳。普通の男よりは体格に恵まれているらしく、普通の女性よりは背の高い私でも見上げるほどに大きい。

服を脱いだら筋肉凄いのだろうな、なんてボヤっと思った。


まあ、それを顔に出すことはない。


わたくしにどんな御用ですか?ロラン・ゾル・サングロウ王太子殿下?」


ニコリと笑う私に彼は苦笑いをした。

正体を隠すつもりで彼は来たのだろう。

残念ながら私の持つ能力によって、彼の身分はすぐに分かってしまった――。


「……すぐに分かるとは流石は高名な魔女殿だね。」


私はエイダの街に住まう魔女。


高名な魔女と言われているが、それは生まれ持っていた『違う世界の知識』と、生まれ持っていた全て物を理解する『鑑定眼』これのおかげ。

この二つのギフトが、私の魔女としての地位を確立させた。


そして、目の前の男の様子を『鑑定眼』で見れば、最初の言葉に戻る。


『眠れる森の美女』か?


正確には眠れる森の美人だな、と思いながら美丈夫な男を見て笑った。


「まあ、貴方の悩みは『どこでも意識を失ってしまう。』ということについて相談かしら?」


そう言いながら鑑定の結果を読んでいく。

この男はどやら精霊の加護で危険が近づくと、眠ってしまう加護が付いている。


眠ることで彼は危険から回避させられているので、悪いものではない。

――が、一つ気になった。


過保護・・・なまでに危険から回避させられている。』


「その『呪い』は解けるのか?」


しばらく黙っていた彼はそう言った。


その瞬間、空気が張り詰めた。

まるで雪が降り注ぐ極寒の地の凍てつく朝の空気だ。


この地で雪が降ることなどないから、その空気を出したのが、彼を加護する精霊の怒りだとすぐに理解できた。


「それは『祝福』であり、『加護』よ。ねえ、王子様?思い出してみなさい。最近、眠くなってしまったのはいつ?」


私が尋ねれば、彼はその時の状況を思い返しているようだった。


「三日前、旧リヴェインシュタイン領に視察に行く寸前だった。」


「では一つ教えますわ。三日前、リヴェインシュタインに行っていたならば、その途中の街道で土砂崩れ。貴方の馬車か馬は土の中でしたわね?」


ニコッと笑えば、彼は少し青くなっていた。

それ以外にも思い出したことがあったのだろう。


「この『加護』は緩められないのかな?」


「精霊の気分次第でしょう。わたくしには無理ですわ」


「御高名な『エイダの街の魔女』でも無理なのか?」


あら、少し言葉遣いが崩れたわね、と思ったが指摘をしなかった。

彼はどうやらあまり、王族としての堅苦しい義務を好いていないようだった。


気持ちは分からなくもない・・・・・・・


「ええ、わたくしでは無理ですわ。わたくしが専門とするのは人からの『呪い』や『祝福』です。精霊の事ならば『ダナの森の魔女』でないと対応できませんわね。

まあ、彼女への伝手が、あれば、の話ですが。」


そう言いながら親友である私以外の魔女を思い浮かべた。


「『ダナの森の魔女』と言われるとイライジャ帝国の皇后殿か。分かった、感謝する、魔女殿。」


『イライジャの皇后殿』。

大層な肩書が付いてしまった親友は、そう簡単に会える存在ではなくなった。

ただ、彼女が幸せならいいか思い、笑う。


「いいえ、お役に立てずに申し訳ございません。」


そう言って、立ち上がりカーテシーをした。


彼はお忍びとは言え、王族だ。

このぐらいしておけば非礼にはならないだろう。


そう思いながら男の背中を見送った。


いきなりの王族に疲れたな、なんて思いながら、店の前の札を『クローズ』にひっくり返すのだった。


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