高名な魔女
Side ロラン
サングロウ王国。
もともとは小国で、三代前、つまり私の祖父が内乱下にあった隣国のリヴェインシュタイン大公国を平定して、併合した国だ。ただ、この大陸の
隣接するのはこの大陸で、最大の領土を持つイライジャ帝国。
反対側に位置する隣国はイライジャ帝国に次ぐ大国オーウェン王国。
厄介なことにオーウェン王国は、大陸の大国の一つであるサンチェス王国と同盟を組み、イライジャ帝国とほぼ同等の戦力を持つ。
そんな大国に挟まれた小国、それが私の守るべき国、サングロウ王国だった。
小国と言ってもオーウェン王国の半分ほどの国土もあり、兵力もオーウェン王国ならば防ぎきる自信はあった。
だが、私が心配していたのは私の『呪い』だった。
何故か、急に意識を失う時があるのだ。
何故だか原因は分からない。
だが、回りで噂されていることがある。
これは『リヴェインシュタインの呪い』ではないか、と。
サングロウ王国の三分の一は旧リヴェインシュタイン領と呼ばれる。
リヴェインシュタイン大公国があった場所だ。
その地は精霊王の加護によって豊作の地であった。
しかし、五十年前、リヴェインシュタイン大公国で内乱が起きた。
王族が市民に殴り殺される事件が起き、市民が暴徒となって大公国は大きく荒れた。
その後、内乱を平定することが出来ず、隣国であった我が国――サングロウ王国が介入。
リヴェインシュタイン大公国の大公家の血縁が断絶してしまったことにより、まとめ上げられる人物が決まらず、我が国と併合することとなった。
ところが併合後、何故か旧リヴェインシュタイン領で一切の作物が育たなくなった。
この不作の地となったことを調べるために派遣された鑑定の魔術師は渋い顔で言った。
『リヴェインシュタイン大公国を守護していた精霊の加護が無くなった』のだと。
そして、それから五十年の月日が過ぎたところで、王子の私がこのように気を失うことが何度も起きるようになった。
『リヴェインシュタイン大公国を亡くしたサングロウ王国への精霊の怒りではないか?』
と、まことしやかにささやかれているのだ。
だから確認するために私はサングロウ王国の第三の都市、エイダに来た。
商業都市としての顔が大きな都市だが、もう一つ有名なことがある。
『エイダの街の魔女』
エイダに住まう商人たちに愛され、彼らの商いを助ける高名な魔女。
人々の呪いや、嫉みを祝福に変えるという魔女。
良き隣人であり、誰もが慕うという彼女が住まうのがこの都市、エイダである。
高名な魔女ならば、私の呪いのことを知れるのではないかと思ったのだ。
服も市民の着るような服にしたし、武器も、平民が持つレベルのナイフ一本。
普段から護衛を巻いて、市民に紛れている私は悠々自適にエイダの街を歩いた。
私が王族など思ってはいない街の人間たちに尋ねれば、『エイダの街の魔女』の店はすぐに見つかった。
「
店に入るなり、魔女はそう言った。
一音も間違えずに、私の名前を呼んだのは魔女と呼ぶには不思議な若い女性だった。
真っ黒なレースで紡がれたヴェールと真っ黒なドレス。
ヴェールの下で眼らしき蒼が、ぼんやりと光を持っている。
黒のヴェールで隠れていない紅をさした真っ赤な唇が、綺麗な弧を描いた。
「……すぐに分かるとは流石は高名な魔女殿だね」
彼女が『エイダの街の魔女』と分かっているのだが、何故か外の人間と同じように呼びたくはなかった。
魔女殿はジッと私を見つめているようだった。
「まあ、貴方の悩みは『どこでも意識を失ってしまう。』ということについて相談かしら?」
本当になにもかもが見えているのか!と驚きたくなった。
王国の魔術師ですら、私の症状に異常はないと言っていたのに、彼女は症状を言い当てた。
「その『呪い』は解けるのか?」
しばらく悩んでからそう尋ねれば、魔女はムッと口を結んだ。
「それは『祝福』であり、『加護』よ。ねえ、王子様?思い出してみなさい。最近、眠くなってしまったのはいつ?」
少し言葉に含まれる怒りを感じつつ、つい先日、眠くなって意識を失った時を思い出した。
「三日前、旧リヴェインシュタイン領に視察に行く寸前だった。」
「では一つ教えますわ。三日前、リヴェインシュタインに行っていたならば、その途中の街道で土砂崩れ。貴方の馬車か馬は土の中でしたわね?」
ニコリと赤い唇を歪めて笑う彼女。
同時に思い出した。
確かに三日前、リヴェインシュタイン領に向かう街道で土砂崩れが起きて村が分断された。
幸いにもすぐ復旧したが。
思い出してみれば他にもある。
外遊に出る日に気を失って、気が付いた時にはその国で第二皇子がクーデターを起こし皇帝が変わったり、船旅に行く予定が気を失って、乗る予定であった船は沈没したり。
これが呪いでないことに安心した。
確かに加護と呼べなくはない。
しかし、あまりにも強すぎる加護のように感じた。
「この『加護』は緩められないのかな?」
「精霊の気分次第でしょう。
「御高名な『エイダの街の魔女』でも無理なのか?」
ジッとその魔女殿を見つめる。
ヴェールで隠れている顔の輪郭がうっすらと見えてきた。
その表情を見てみたいと、思ってしまった。
「ええ、
まあ、彼女への伝手が、あれば、の話ですが。」
意地の悪そうな声で彼女はそう笑った。
『ダナの森の魔女』と言えばイライジャ帝国の皇后で、皇帝の寵愛を一身に受けていると言われる女性だ。
魔女が薬を盛って皇帝の寵愛を得ているという噂もあるが、皇帝の様子からすればそんな感じではなかった。
「『ダナの森の魔女』と言われるとイライジャ帝国の皇后殿か。分かった、感謝する、魔女殿。」
「いいえ、お役に立てずに申し訳ございません。」
そう言いながら彼女は立ち上がった。
思っていたよりも魔女殿の背は高かった――と、言っても私に比べれば小柄な方だが。
その黒いドレスが広がり、私に頭を下げる。
母を思い出すような綺麗なカーテシーに、魔女殿は貴族の出身ではないかという話を思い出した。
だが、それ以上に聞くことはなかったので、私は家に帰ることにした。
ふと、振り返れば店の前で札を反対側に変えている魔女殿。
ふわりと拭いた風に攫われたヴェールの下に見えたのは青みかかった銀髪と青の瞳。
その顔が目に焼き付いてしまったのは気のせいだろう。
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