第5章:新たなる探索 第17話 影の残滓

静まり返った禁書の間に、蒼と紗夜の荒い息だけが響いていた。

 影は霧散し、闇は払われた――そう思ったのも束の間。


「……蒼、見て」


 紗夜が指差した先で、黒い靄が床にまとわりついていた。

 まるで溶け残った墨のように蠢き、消えることなく震えている。


『……まだ……終わらぬ……』


 低い囁きが靄から漏れた。

 それは声とも音ともつかぬ不気味な響きだった。


 蒼は思わず身構える。

「しぶといな……!」


 靄はやがて細い糸となり、図書館の奥へと這っていった。

 それはまるで「導く」かのように、深層へと続いている。


「追うべき……だよね」

 紗夜が言うと、蒼は頷いた。


「ああ。奴らを根絶しなきゃ、また誰かの記憶が喰われる」


 そのとき、不意に蒼の耳元で声がした。


『……お兄ちゃん……』


 全身が凍りついた。

 振り返っても、そこには誰もいない。

 だが確かに聞こえた――妹の声が。


「蒼……?」

 紗夜が不安げに覗き込む。


 蒼は拳を握り、声を震わせながら答えた。

「……まだ、玲奈の記憶は奴らに囚われてる。なら――絶対に取り戻す」


 二人は視線を交わし、残滓が示す道へと歩みを進めた。


 図書館の奥で待ち受けるものを知らぬまま――。

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