第12話 選択の刻
黒い影が佐伯の記憶を呑み込もうとしていた。
男の身体は痙攣し、必死に「やめろ……娘を返せ……」と叫んでいる。
「ふざけるな!」
蒼は叫び、影へと手を伸ばす。だが、その手は空を切るようにすり抜けた。
『代償を出せ……さもなくば、この者の記憶は永遠に闇に沈む』
影の囁きと同時に、蒼の頭に妹の声が重なった。
『お兄ちゃん……こっちに来て……』
胸を裂くような声。
紗夜が蒼の腕を掴む。
「蒼! 影はあなたの弱さを利用してる。ここで踏み込めば、戻れなくなる!」
「でも……! 妹が……」
蒼の声は震えていた。
目の前では依頼者が苦しみ、心の奥からは妹が助けを求める。
二つの声が、蒼を引き裂いていく。
「俺は――」
その瞬間、蒼の胸に熱が灯った。
初めて記憶を取り戻した由香の涙。
祖母を思い出して微笑んだあの温もり。
あれこそ、自分が守るべきものだと悟った。
「俺は逃げない! 影、お前の好きにはさせない!」
蒼の叫びに応えるように、図書館の奥――“禁書の間”の扉が轟音を立てて開いた。
そこから溢れ出す光と闇が、彼の身体を包み込む。
紗夜の声が遠ざかる。
「蒼! まだ早い、戻って!」
だが蒼は振り返らなかった。
妹の声が確かに、その先で呼んでいたから。
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