第11話 影の契約

その夜、図書館に新たな訪問者が現れた。

 蒼と紗夜の前に現れたのは、スーツ姿の男――佐伯という名の中年だった。

 彼の目の下には深い隈が刻まれ、どこか怯えたような表情を浮かべている。


「……お願いです。どうしても取り戻したい記憶があるんです」


 彼の声は震えていた。

 手にした古びたノートを握りしめながら、必死に言葉を続ける。


「娘が事故に遭ったんです。……あの日、最後に何を言ってくれたのか、どうしても思い出せなくて」


 蒼の胸が強く打った。

 自分と同じように「大切な人の声」を求めている――その必死さが痛いほど伝わってくる。


 紗夜は静かに頷き、依頼を受け入れた。

 だが、記憶の本を開いた瞬間、蒼は異変を感じた。


 ――黒い靄。


 ページの隙間から、もやもやとした影が這い出してきたのだ。

 これまでの依頼とは明らかに違う。

 影は形を持ち、やがて声となって図書館全体に響いた。


『契約を交わせ。代償を差し出せば、真実を見せてやろう』


 蒼は思わず叫ぶ。

「ふざけるな! 依頼人の記憶を利用する気か!」


 影は嘲笑うように揺らめき、佐伯の背後にまとわりついた。

 男の瞳が虚ろに濁り始める。


「やめろ!」

 蒼は前へ飛び出した。

 だが、その瞬間――


 耳の奥で、あの声が重なる。

『お兄ちゃん……私を、助けて』


 影と、妹の声。

 その二つが混じり合い、蒼の心を揺さぶった。


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