第32話
王都へ進軍する、その号令が村に下った。
その日から、ヴァイスランドの雰囲気はすっかり変わった。
村全体が、一つの巨大な軍事工場へと姿を変えたのだ。
誰もが、来るべき決戦に向けて自分の役割を必死に果たしていた。
老人や子供でさえ、できることを手伝っていた。
その中心となっていたのは、やはりギュンターさんの工房だった。
そこでは、私の設計図にもとづいた恐るべき新兵器「大砲」の試作が、昼も夜も続けられていた。
工房の周りは、熱気と音に包まれていた。
「嬢ちゃん、本当にこんなデカい鉄の筒が作れるのか」
ギュンターさんは、汗だくになりながらも興奮を隠せない様子で言った。
彼の前には、巨大な高炉が赤々と燃え盛っている。
これまでにないほど大量の鉄を、一度に溶かす必要があったからだ。
工房の熱気が、外にまで伝わってくる。
「ええ、作れますよ、ギュンターさんならね」
「問題は、火薬の爆発に耐えられるだけの強さをどうやって出すかよ」
「それなんだよな。普通の作り方じゃ、一発撃っただけで筒が割れちまうかもしれねえ」
彼の指摘は、その通りだった。
大砲の製造は、この世界の技術レベルではとても難しいものだった。
私は、前世の知識をすべて使ってその解決方法を教えた。
「二重構造にするのよ、ギュンターさん」
「二重構造?」
「ええ。まず、中心となる筒を鍛造で作ります」
「鉄を何度も何度も叩いて、強くきたえるのよ」
「そして、その外側から溶かした鉄を流し込んで、さらに分厚い層を作る」
「内側と外側で、違う性質の鉄が組み合わさる」
「そうすることで、爆発の力をうまく受け流す、強い砲身が完成するはずよ」
私のその説明に、ギュンターさんは目を丸くした。
そんな作り方は、聞いたこともなかったからだ。
だがすぐに、鍛冶屋としての挑戦する心が彼の顔に浮かぶ。
「……なるほどな。そいつは、とんでもない手間がかかりそうだぜ」
「だが、面白え。やってやる、必ずだ」
彼と彼の弟子たちは、その日から炉の前につきっきりになった。
カン、カンと鉄を打つ音が、昼も夜も村に響き渡る。
それは、新しい時代の武器が生まれるための、力強い産声のようだった。
村の人々は、その音を聞いて希望を感じていた。
一方、アルブレヒトの防衛部隊も訓練に熱が入っていた。
手榴弾の扱いは、もはや完璧だ。
彼らは、私が考えた新しい戦術「塹壕戦」の訓練も始めていた。
これは、地面に深い溝を掘る戦術だ。
そこに身を隠しながら、敵を攻撃するのだ。
王都の騎士たちが自慢する、重装騎兵の突撃を止めるための戦術だった。
「いいか、お前たち。これからの戦いは、名誉や誇りをかけた一騎打ちではない」
「いかに効率よく敵を倒し、いかに味方の被害を減らすか」
「それだけを考えるのだ。情けは無用だ」
アルブレヒトは、もはや騎士団長ではなかった。
科学の軍団を率いる、冷静な指揮官の顔つきになっていた。
彼の部下たちも、その言葉に力強くうなずく。
彼らは、自分たちの力が王国で一番強いと信じていた。
そして、エリアーデの薬学研究室もまた戦場のようになっていた。
彼女は、村の女性たちを集めて組織を作った。
戦場でけがをした兵士を、すぐに治療するための救急医療キットをたくさん作る体制を整えたのだ。
研究室は、薬草の良い香りで満ちていた。
「いいこと、清潔が一番大事よ」
彼女は、かつての私がそうだったように厳しく指導していた。
「包帯は、すべて熱いお湯で消毒すること」
「傷口を洗う水も、必ず蒸留水を使うこと」
「小さな菌が、兵士の命を奪うのですから」
彼女が開発した錠剤型の解毒薬や、骨折を治す石膏ギプスもそのキットに加えられた。
私たちの軍隊は、攻撃力だけではない。
負傷した兵士を救う力も、この世界のどの軍隊よりも優れていた。
そんな中、ジークフリードの「王としての教育」も最後の段階に入っていた。
彼は、私が書いた科学ノートをほぼすべて暗記するまでに至っていた。
その変化は、誰の目にも明らかだった。
かつての、わがままな王子の姿はもうない。
その目には、物事の本当の姿を見極めようとする知的な光が宿っていた。
「リディア、この『エネルギー保存の法則』というのが、まだよく理解できない」
彼は、執務室で真剣な顔つきで私に質問してきた。
「なぜ、物は動くのか。なぜ、火は熱いのか」
「そのすべての元になる力が、形を変えるだけで決して無くならない、とはどういうことだ」
「いい質問ね、ジークフリード」
私は、彼のために一つの実験を用意した。
それは、電気の力を目に見える形にする実験だ。
工房に連れて行くと、そこにはギュンターさんが銅線をぐるぐると巻き付けた鉄の塊が置いてあった。
それは、電磁石というものだ。
さらに、水車に繋がれた発電機も用意されていた。
「今から、この水車を回します。水の力が、この発電機を動かすわ」
私が合図をすると、水路から水が流れ込み水車が勢いよく回り始めた。
それに繋がれた発電機が、ブーンとうなりを上げる。
「水の運動エネルギーが、今、電気エネルギーに変わりました」
私は、発電機から伸びた銅線を電磁石につないだ。
すると、電磁石が強い磁力を持ち始めた。
近くにあった鉄の釘を、次々と吸い寄せた。
「おおっ」
ジークフリードが、驚きの声を上げる。
「電気エネルギーが、今度は磁力というエネルギーに変わったのよ」
「そして、まだ続きがあるわ」
私は、その電磁石の力を使って、小さなハンマーを動かしてみせた。
ハンマーが、鐘を叩く。
カーン、という澄んだ音が工房に響き渡った。
「磁力が、運動エネルギーになり、そして音のエネルギーになった」
「力は、決して消えない。ただ、形を変えて伝わっていくだけなのよ」
その光景を目の前で見て、ジークフリードは感動に打ち震えていた。
「……すごい。これが、科学。これが、世界の本当の姿なのか」
「ええ、そうよ。そして、王とはこの法則を理解し民のために正しく力を導く者のことよ」
「民の労働力というエネルギーを、国家の発展というエネルギーに変える」
「それこそが、王の本当の仕事なのよ」
「魔力や権力に、振り回されることではないわ」
「……民の、エネルギーを。俺は、これまで民から奪うことしか考えていなかった」
ジークフリードは、深く恥じたようにうつむいた。
だが、彼はすぐに顔を上げた。
その目には、王としての新しい覚悟が宿っていた。
「リディア先生、俺は、やり遂げてみせる」
「必ず、宰相を討ちお前の言う新しい王になってみせるぞ」
「ええ、期待しているわ。ジークフリード」
彼が、初めて私を「先生」と呼んだ。
私たちの間に、確かな信頼関係が生まれた瞬間だった。
彼が執務室に戻り、王都の民衆へ向けた演説の原稿を書き始めた、その時だった。
カタカタカタ、カタカタカタ。
執務室に置かれた電信機が、突如として激しい音を立て始めた。
それは、交易都市の拠点から送られてきた緊急の電信だった。
アルブレヒトが、その紙テープを受け取った。
彼は、顔色を変えて私の元へ駆け込んでくる。
「先生、大変です。王都の宰相が、動きました」
「何ですって」
「我が村に、使者を送るとの連絡です」
「和平交渉の、使者だそうです」
「和平交渉……?」
私は、その電文をにらみつけた。
あのずる賢い宰相が、このタイミングで和平交渉などと。
素直に、信じられるはずがなかった。
これは、間違いなく何かの罠だ。
私たちの様子を、探りに来るのに違いない。
「その使者団は、いつ到着すると」
「すでに、王都を出発したと」
「おそらく、あと三日もすればこの村に到着するでしょう」
「三日後、ですって」
私は、壁に貼られたカレンダーを見た。
その日は、不思議なことに私たちの大砲の、最初の試射が予定されている日だった。
宰相は、私たちの戦力を探るために使者を送り込んできたのかもしれない。
あるいは、使者団の中に暗殺者を忍び込ませている可能性もある。
「……面白いわ」
私は、恐れずに笑った。
「望むところよ、アルブレヒト。お客様を、盛大にお迎えする準備をしましょう」
「盛大に、ですか」
「ええ。私たちの新しい『おもちゃ』の、お披露目会も兼ねてね」
私は、ギュンターさんが待つ工房へと視線を向けた。
宰相の使者に、私たちの科学の力のすべてを見せつけてやる。
そして、彼らが王都に持ち帰るのが和平の答えか、それとも絶望の報告か。
それは、三日後の私たちの「おもてなし」次第だった。
私は、アルブレヒトに迎撃の準備を指示しようとした。
その時、ジークフリードが執務室のドアを勢いよく開けて入ってきた。
彼の顔は、興奮で赤くなっている。
「リディア、演説の原稿ができたぞ」
「どうだ、俺の決意を」
彼は、紙を私に差し出そうとした。
だが、部屋の張り詰めた空気に気づき言葉を止める。
「……どうしたのだ。何か、あったのか」
私は、電信の紙テープを彼に見せた。
「王都から、お客様がいらっしゃるそうよ。三日後にね」
ジークフリードは、その電文を読んだ。
そして、彼の顔色が変わっていく。
「宰相からの、使者……」
彼の喉が、ごくりと鳴った。
彼にとって、宰相は恐怖の相手でもある。
だが彼は、すぐにその恐怖を振り払った。
そして、私に向かって力強く言った。
「リディア、その使者団との交渉、俺に任せてもらえないだろうか」
「あなたが?」
「ああ。俺は、もう逃げない」
「アークライト王国の正しい王位の跡継ぎとして、あの王座を奪った者の使いと堂々と渡り合ってみせる」
彼のその目には、もはや王子の甘えはない。
一人の男として、自らの運命に立ち向かおうとする王の覚悟が宿っていた。
私は、彼の成長を頼もしく思った。
そして、ゆっくりとうなずく。
「分かったわ、ジークフリード。交渉は、あなたに任せましょう」
「ただし、私も隣に座らせてもらうわ」
「あなたを、助けるためにね」
「ああ、頼む」
こうして、三日後に迫った宰相の使者との会見の準備が始まった。
それは、武力による戦いではない。
言葉と、意志と、そして科学の力を背景にした外交という名の、もう一つの戦いだった。
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魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。〜追放先の辺境で魔道具開発してたら、聖女より崇められています。今更、国が傾いたからと泣きついても知りません〜 旅する書斎(☆ほしい) @patvessel
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