声をひろう人

晴天ペンギン

『声をひろう人』

『声をひろう人』


ぼくのバイト先は、「落とし物センター」だ。

駅の構内にある、忘れ物や遺失物を一時的に預かる場所。

財布、傘、スマホ、ぬいぐるみ……人は驚くほど色んなものを落としていく。


でも、ここには"特別な落とし物"がある。

名前は、「声」だ。



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その日、朝の出勤時。

ロッカーを開けたら、既に机の上に「声」が届いていた。


——ちいさな空き瓶の中に、すこし濁った色の煙がゆらゆらしている。

瓶に貼られた付箋にはこう書いてあった。


> 「電車の中でなくしました。返してください。ユリ」




ああ、またか。

最近多いんだ、この「声」の落とし物。



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声は、人が感情をしまい込んだときに、

うっかり口に出せなかった「言葉」が形になって落ちるらしい。

この仕事をしてから知ったことだ。


誰にも言えなかった「ごめん」とか、「好き」とか、「助けて」とか。

それが落ちて、瓶に閉じ込められ、ここに届く。


ぼくは、その「声」を拾って、持ち主のところへ返す。

直接届けるんじゃない。音として、こっそり"耳元"に返すのだ。



---


昼すぎ、駅のホーム。

電車から降りてきた女子高生がいた。名前は「ユリ」——付箋の名前と一致している。


彼女はスマホを見つめて、じっと立ち止まっていた。

メッセージ画面には、未送信の文章。


> 「ごめんね。わたしが悪かった。ほんとはすごく、さみしかった。」




ぼくは彼女のすぐ後ろに立ち、瓶の栓をそっと開けた。


次の瞬間、風が吹いて、ユリの髪が揺れた。

彼女は小さく「ん?」と振り返ったが、ぼくには気づかない。

でも、スマホの画面に目を戻し、指を動かし始めた。


> 送信。




「声」が、返された瞬間だった。



---


ぼくの仕事は、地味で、誰にも知られてはいけない。

けれど、誰かの「言えなかった言葉」をそっと届ける。

それが、ぼくの存在理由だと思っている。


今日もまた、誰かの忘れた声を拾いに、ぼくは駅を歩く。



---


〈了〉



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