第五帖 紅玉「胸の内をお伝えしました」

「ああ、それは女人のご趣味のお話にございまして、男性皇族は乗馬やそれに伴う流鏑馬やぶさめや鷹狩り、そして蹴鞠などを……」

「なるほど、お外に出る時は重みのある着物の女性皇族にできることではございませんね……

 鞠も女性皇族は手でつくものですしね……」

「かようなまでにしおれてしまうとは

 ……わたくしのような肉体に強い憧憬がございますか?

 わたくしとしては、自分にないものへの憧憬がございますので、いまの紅玉君の御姿が最良と感じておりますが」

「そ、そこまでは求めないまでも、瑠璃君のような、」

「瑠璃君は踊り子としては至高の均整であらせられますが、紅玉君も健康的でとても魅惑的にございますよ。

 第一、みな似たような妃では、ただただ費用と気を遣う相手が分身のように増えているだけで、複数おられる面白みが皆無ではございませんか」

「あっ、ありがたきお言葉にございます

 ……しかし、後宮入りしたことで運動の機会が減ってしまっては、現在の姿を保つことも難しいかと……」

「なるほど、それでは、皇居の庭園をお散歩なさっては?」

「それは良いですね!

 広々として素晴らしいお庭ですもの!」

御庭の草花や

……牛車が突っ込んでしまった御池を始めとしたしつらえなど、見るものはたくさんございますし、しばらくは飽くこともなさそうですわ


……けれど。

「そ、その折は、わたくし来たばかりで勝手が分かりませぬ故

 ……で、できれば灰廉様にご案内していただけたら……なんて」

「優秀な女官の方が、わたくしより草花やしつらえなどに詳しいと思われますが」


「そ、そうではなく!

 ……聞こえますか? この音が」

灰廉様の掌をそっと取り、高鳴る部分を触れていただきました。

昨日さくじつ出会ったばかりなのに、自身でも軽率だとは思うのですが

 ……わたくしの心は、もう既に、灰廉様をお慕い申し上げておるのです……」

あっ……

頬が……ひどく火照ります

……のぼせてしまったの……でしょうか……

意識が……朦朧として……

「紅玉君、お気を確かに!」

灰廉様の逞しい腕がわたくしを抱き止め

……その頬もまた、紅みがさしておりました。



「もっ、申し訳ございません

 ……灰廉様に殿舎まで運んでいただくなど!」

遠のく意識の中でも、灰廉様の大きさと逞しさが全身で感じ取れました。

「いえ、わたくしもとても

 ……あたたかいお言葉とお気持ちをいただいて、とてもあたたかい気持ちになれましたので、これぐらいどうということは

 ……今晩は夜伽は毒に障るでしょうから、後日になさいますか?」

「いっ、いえっ!

 湯から出てしまえば、身体が冷えて平常を取り戻すのも刹那のことでございます!

 瑠璃君に、たった一日でも遅れを取りとうございません!」

慌てて灰廉様の袖を掴みます。

「さようにございますか

 ……自ら選んだ御相手にこのように求められるとは、わたくしも幸せでございますね……」

わたくしも、お慕い申し上げている殿方に求められるのならば

……はじめての少々の痛みなぞ、ちいとも恐くはありませぬ……


「……紅玉君

 ……なんと、おかわいらしいお方……」

「そのように御思いになってくださるならば

 ……これ以上、妃はお増やしにならないで……

 そのぶん御渡りが減るなぞ、悲しゅうございます……」

「そうですね、現状でもったいなきほどの幸せなのですから。

 わたくしには御子をつくるという責務こそございますが、速やかに瑠璃君と紅玉君の双方に御子が御生まれになれば、父上も文句はないでしょうし、むこう一年間は妃は御二人で、と、明日の朝一番に父上にお願いにあがりましょう。

 まあ、たとえ時間切れと相成り、妃を増やされましても、自身で選んだ妃の方が愛しいに決まっておりますがね」

「ああ、ご幸甚こうじんに存じます……!」

なんという幸せ

わたくしの直感が正しかったのか、たまたまだったのかはいざ知らず

……好きになった殿方は、御心もお美しかったのだ。

灰廉様とわたくしは、月明かりの下で互いの微笑みを見つめ合い

……互いの腰に腕をまわし、温もりを感じ合いながら眠りにつきました。



まことにもったいなきほどの幸せよ、と、わたくし灰廉は心より感じております。

瑠璃君は愛情こそ感じられないものの、それは昨日出会ったばかりなのだし、仮に今後も愛が生まれなかったとしても、このような婚姻では致し方なきこと。

真面目に従順に責務をこなそうとしていることや、いつまでも美しく妃として恥じない人物であろうという気概が感じられ、それで充分。

紅玉君は色々と要求こそしてくるものの、それはわたくしへの愛情と表裏一体の独占欲からくるもの、情熱的でおかわいらしいではありませぬか。

なかなかに知識も豊富で、彼女を伴えば、皇居の散策もひときわ楽しくもなりましょう。

これ以上、何を望むというのでしょう。



次の朝、紅玉君と手を取り合って父上の殿舎へと向かいました。

速やかに一年の猶予の御願いをしましょうね、と告げますと、紅玉君は頬をほころばせて頷かれました。


が、しかし……

「父上、父上?!」

返事がございません。

「帝様は只今、お客人のお支度をなされておられます」

帝である父上ともあろう御方が、お客人のお支度を……?

どのようなお偉いお客人なので……?

何事かと近づいてこられていた瑠璃君も、首を傾げました。


しばし待たされた後、父上は、桃色のうちきを纏った、やや癖毛のふくよかな女人を伴って現れました

……この方が……重要なお客人……?

「おやおや、皆様お揃いで。

 ちょうどよい。ご紹介いたします。

 この方が昨日、わたくしが鷹狩りで出会った、灰廉の第三の妃に相応しい女人、

 珊瑚さんご君でおはします!」


僅か三日目にして、時既に遅し?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る