第二巻 父上の珍妙な人選
第六帖 珊瑚「拉麺屋の私を妃に?!」
わたくし
今日も今日とて、
仕入れと調理は朝のうちに済ませ、昼餉と夕餉の時間に一気に稼いでしまいます。
ふくよかが安産型と呼ばれたのは、今は昔。
近年では逆に、お産の当事者年齢の間では、お産の軽さは身の軽さ、という学説が広まっております。
故に、わたくしにも、古い学説を信ずる四十を超えた殿方からの引き合いはそれなりにございましたが、同年代の若人からのそれはございませんでした。
父上と同年代の、大して財も名誉もないような男と婚姻を結べば、後年は、子をなすことしか眼中になく、わたくしを好きでもない男の世話に明け暮れる羽目になることは明らかです。
ならば、後継を強く望まれる身分でもなし、自ら身を立てて生きれば良い。
拉麺を作って売るなど、趣味と実益を兼ね備えた至高の行為です。
しかし……
今晩は随分と冷えこみますわ……
陰陽寮の
ふふふ。
このような日は売上が伸びますのよ。
自作の拉麺を
「お、丁度よい屋台があるではないか」
「はい、いらっしゃ……えっ?!
こ、こ、こ、金剛帝様っ?!」
「ああ、こちらの方角が吉と出たのでな。
鷹狩りの帰りに、ひどい冷え込みに遭ったよ」
鷹狩りとは、天皇家の権威をあらわす行為。
文字通り鷹を狩ることではなく、雁、鴨、鶴、雉、
「娘よ、ちょうどよい、鷹が捕えてきたこの鴨を拉麺に加えて食べさせてくれないか」
「ははっ、御安い御用にございます!」
き、緊張で手が震えます
……で、ですが
……このような要望は慣れっこなのです。
「良き薫りの、健康な鴨でございますね」
「ほほう、匂いを嗅いだだけでわかるのか。
そして、見事な手さばきだな」
「も、もったいなきお言葉にございます……」
「娘よ、そなたも食事の途中であったのだろう、遠慮なく食すがよい、麺が伸びてしまわれますぞ」
「は、はい、それでは御言葉に甘えさせていただきまして……」
金剛帝様御一行を眼前に拉麺を食すなど、粗相がないか寒心に耐えない
……のでありますが、選び抜いて丹念に挽いた小麦粉と、鮮度の高い鴨の薫りの高さ、鴨に合わせて調合した出汁との調和が全身を包みこみ、我を忘れ、つい……
「ぷはぁ〜」
「うむ、娘よ、実に旨そうに喰らうな」
「もっ、申し訳ございません、金剛帝様の御目前で見苦しい姿を、」
「よいのだ。
旨そうに食す姿というのは、健康的でたいへんよろしい。
時に娘、我が息子が妃をふたり迎えたことは知っておるかな?」
「はっ、はい、もちろんでございます、宣旨をお耳に挟みました!
た、たいへんお美しくて高貴な方々であると……」
「うむ、だがな、瑠璃君がものを食す姿はひどく気取っており、紅玉君はやたらに灰廉の顔色を伺うのだ。
率直に申すと、彼女らと食卓を囲むと気が詰まってならない。
また、彼女らはたしかに美貌だが、母となるには線が細すぎるきらいがあるのだ。
灰廉は妃は総て自ら選ぶと申しておるが、そこで男女の仲になるに喜ばしい相手ばかりを選ぶところが浅はかさ、うら若さよ。
やつにばかり妃を選ばせてはおれぬ。
やはりそなたのような、安産型で家庭的な妃もおらぬとな」
な、なんですと
……このわたくしを後宮に放り込むおつもりですかっ?!
しかも、その安産型の情報は
……いやいや!
金剛帝様に向かって、それは古きお考えであります、などと進言するなど言語道断、口が裂けても申し上げられませんわっ!
どうにか別の方便で御断り申し上げねば!
「そ、それでも
御渡りがなく、愛されない妃と腫れ物のような扱いを受けるなど、女として惨めでしかありませぬ!」
「なあに、若い男というものは、最初は好みではないなどと抜かしておっても、そなたのような若い娘に、物を食す時のような屈託のない笑みを見せられれば弱いものだ。
すぐに男女の仲にはならずとも、毎晩渡っていれば、灰廉もいずれふたりの妃に飽いて、新鮮味を欲するであろう」
「そ、そうやもしれませぬが、わたくし小作人の娘でございまして、宮中に上がる品格など、とてもとても、」
「その受け答えを見るに、まったくもってそのようには感じられぬが。
寧ろ、そのうら若さでこれだけの屋台を身一つで営むなど、才気しか感じられぬぞ。
まさに、能ある鷹は爪を隠す。
その慎ましさ、更に気に入ったぞ」
そこまで仰ると、金剛帝様はふいに声を顰められました。
「更に……ここだけの話だがな。
近年の皇族は、たいした社会貢献もせぬのに民からの租税を食い潰して良い生活ばかりしている、後宮を復活させて妃や御子が増えればさらにそれが酷くなる、政治家さえいれば政治は回るというのに、と、手痛い批判に晒されているのだ。
よって、批判を少しでもかわす為に、社会貢献にますます力を入れると同時に、年貢以外の収入源を増やしたいところ。
その一環として、拝観料を取り、皇居の御苑の一般公開が行われているのはご存じかな?」
「はっ、はい!
家の者で連れ立って拝見いたしましたことがございます!」
「ならば話は早い。
この素晴らしい拉麺を、そなたの監修のもと、土産物屋に並べたいのだ。
その役割があるならば、仮に渡りがなくとも、惨めではなかろう?」
な、なんですと……
天皇家御用達。
飲食を営む者としてこれほど名誉なことがありましょうか。
ましてや、よくよく考えてみれば、わたくしが女人として灰廉様の気に染まらず離縁されたとて、妃ではなく女官か女房となるか、この暮らしに戻ればよいだけの話ではありませぬか。
元々守るべき地位も誇りもないのですから、失うものなど、何一つございません。
寧ろ、庶民ではまず縁のない皇家の暮らしや文化を垣間見ることができるなど、またとない華やかな人選経験となりましょう。
「ははっ、もったいなき御言葉にございます。
その御話、謹んでお受けいたします」
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