第2話

第一章 インストラクターとの、出会い?



そして、土曜日がやってきた。母は迎えに来る人に挨拶をしたかったらしいが、すでに工場勤務のシフトが入っており早朝から出勤していた。


荷支度は終わっているので、あたしは特にすることもなく学校の制服を着たまま、茶の間で音量を小さめにして情報番組を眺めていた。


午前10時に迎えに来るとのことで、ちょうど午前10時に玄関のチャイムが鳴る。あたしは、少し緊張しながら玄関に行き施錠を外す。


「迎えに来たぞ。」

あたしがドアを開けると先週に会った軍人警官が立っていた。先週と同じような黒の女性用スーツを着ている。


あたしはドアを大きめに開けてインストラクターの姿を探すため、軍人警官の横や後ろを覗き込む。


「どうした?」

「あの、インストラクターさんは?」

「私がインストラクターに任命された。不満か?」


ちょっと驚いた。先週に話を聞いた感じで、てっきり軍人警官以外の人がインストラクターになるのだと思っていた。


「いえ。嬉しいです。また、お話したいと思っていたし。」

あたしは自然と笑顔になり素直に答える。


「そうか。」

軍人警官も小さな笑みを浮かべる。よく見ると、今日は薄く口紅を付けておりメイクも軽くしているようで、こんな言い方は失礼だが先週よりも美人に見える。


「ところで、私のことはタカコと呼んで欲しい。公安警官は本名を名乗らないから、コードネームだが。」

「タカコ・・さんですね。鳥の鷹に、子供の子、ですか?」

「そうだ。」


外見に似合っている名前だ。細い目にシャープな顔つきは鷹に似ている。ただ、鷹はアメリカの国鳥で、日本の公務員が使うコードネームとして適切なものであるのか、あたしは少し気になった。


「お前も、上井京子ではなく、なんらかの呼び名を考えて欲しい。」

「ああ・・。別に『お前』、でいいですけど。」


何となく、鷹子さんには「お前」とか「貴様」などと呼ばれたい気がする。しかし、鷹子さんは困ったような表情を見せる。


「いや、私は構わないが。そのうち他の魔法少女がお前を呼ぶときに不便だから何か考えておいてくれ。」

「はい。」

「荷物はその1箱だけか?」

「ええ。服とスニーカー、下着と教科書ですね。」


引っ越し先の学生寮には家具や電化製品に加えて、備品としてタオルなどの洗面道具や文房具もある。持っていくものは服と靴くらいだ。備品に下着や靴下もあれば最高ではあったが。


「身軽だな。」

鷹子さんは軽々と段ボール箱を持ち上げる。


「下に車を停めてある。行こうか。」

戸締りをして鷹子さんと公団住宅の階段を降りると、先週と同じ銀色の乗用車が止まっていた。まあ、乗用車というか覆面パトカーだが。


「助手席に乗ってくれ。」

「はい。」


ドアを開けて助手席に乗りシートベルトを着用する。鷹子さんは段ボール箱をトランクに入れて運転席に乗り込むと、ルームミラーで少し前髪を整える。


何だろう。今日は鷹子さんの仕草のすべてが女性らしく見える。いや、そもそも女性だし、先週も女性だったのだが。


そっと鷹子さんの横顔を見る。目鼻立ちが整った美人さんだ。短めのショートヘアだが髪を伸ばしたらもっと美人だろう。

観察しているうちにちょっと恥ずかしくなって、あたしは視線を前に戻す。クルマが発進したところで鷹子さんはあたしに声を掛ける。


「何か聞きたいことはないか? 魔法少女や、学校のこととか。」

「ああ・・・。そうですね。」


あたしが少し考えている間に電話の着信音が車内に鳴り響いた。飾り気の無いプルルルとの事務的な着信音だ。


「失礼、仕事の電話だ。」

鷹子さんはハンドルに備えられたボタンを軽く押す。


「鷹子です。」

「本部です。今よろしいでしょうか。」


テレビで見たことがあるハンズフリー通話だ。


「どうぞ。」

「秋葉原で、M事案が発生しました。鷹子さんの現在地近くですので、ご連絡します。」


M事案?


「魔獣に取り憑かれた犯罪者が行う犯罪を、M事案という。」

鷹子さんがさらりと説明してくれる。手元のボタンで通話は一時的にミュートしているようだ。鷹子さんは通話を再開する。


「詳細を頼む。」

「現場は、秋葉原駅前のオフィスビル14階のゲームソフト開発会社です。拳銃を所持した男が社員6名を人質にして立てこもっています。」


「単独犯か?」

「はい。犯人は26歳男性、職業不詳。以前からこの会社とトラブルを起こしており、先週には警察沙汰になっています。」


「トラブルの内容は?」

「犯人は、この会社が開発したオンラインゲームのプレイヤーでしたが、ゲーム内でチート、いわゆる反則行為を行いアカウントを削除されました。それが不満で何回か会社に直接押しかけて抗議をしていたようです。」


「要は、クレーマーが魔獣に取り憑かれて凶悪化し拳銃を手にして立てこもった、と。」

「そのとおりです。」


「犯人の要求は?」

「この会社が運営しているゲームのプログラムすべてをネット上に公開することを要求しています。当然ですが会社は拒否しています。」


「状況は把握した。ありがとう。」

鷹子さんは通話を切る。


「秋葉原なら近いから寄って行くか。現場にも慣れておいた方がいいからな。」

「えーと、私が魔法少女に変身して魔獣を排除するとか?」

「まさか。今日は現場を見学するだけだ。初日から実戦に参加させることはできない。」


目の前の信号が赤になり鷹子さんは信号に従いクルマを停車させる。


「サイレンは鳴らさないんですか?」

「見学だけだからな。急いで行っても仕方ない。それに、こういう立てこもり事件は長期化するのが普通だ。」

「そうなんですか?」

「ああ。長期化させて、犯人が疲れて寝たときに突入する。」


なるほど。


「まあ、現場の見学だけとは言っても警官の配置や役割分担などの勉強にはなるだろうな。」

中学生のあたしが勉強することなのだろうか、と思ったが黙っておく。

信号が青になり、クルマは周りのトラックやファミリーカーと一緒に発進した。


第二章 社会科見学



しばらく進んで秋葉原に近づいていくと、大通りが通行止めになっていた。


「交通規制だな。」

鷹子さんはそう言うと、警察官の誘導で迂回している車両を横目に車を通行止めのバリケードの正面に停め、近寄って来た警官に警察章を見せた。

警官はすぐに敬礼すると、他の警官を呼んでバリケードを横に寄せて鷹子さんの車両を通す。


鷹子さんは、結構、偉い人だったのだろうか。横目で鷹子さんを見ていると少々慌てたように鷹子さんがあたしに声をかけた。


「すまない。魔法少女に変身してくれないか?」

「え?」

「先ほどの警官に妙な目で見られた。助手席に制服姿の中学生を乗せていたからな。」

「えっと。何で魔法少女に変身するんですか?」


あの恰好の方が目立つだろうに。


「言ってなかったか? 魔法少女は一般人には見えない。魔法少女が見えるのは、同じ魔法少女と、魔獣に取り憑かれた犯罪者と、特殊な訓練を受けた公安警官だけだ。」

「そうなんですか。」


あたしは少し腹筋に力を入れて、迷彩柄のショーパンにスポーツブラの魔法少女に変身する。そして、ふと気づいた。


「最初に学校の前でノワちゃんに会った時。あたしに魔法少女のノワちゃんが見えたから、あたしが魔法少女だと分かったんですか?」

「そう言っただろう。お前が一般人なら魔法少女のノワ君には気づいていない。」

軍人警官はさらっと言う。


「本当にこの恰好、一般の人には見えないんですか?」

助手席に座ったまま自分の恰好を見下ろす。


「魔法少女の姿も声も一般人には見えないし、聞こえない。もっと詳しく言うと、一般人には魔法少女の行動自体が見えない。」


行動自体が見えない? 詳しく意味を聞こうとしたが、鷹子さんは顔を向けてあたしを見ながら話しかけてきた。


「しかし、その恰好、かなり露出が高いな。」

「・・・ですよね。」

「魔法少女の服には深層心理が反映されると言われている。その服はどういう心理の表れなのだろうか。」


警官たちの誘導に従いながら、ゆっくりとクルマを走らせている鷹子さんは考え込み、あたしは自嘲気味に答える。

「・・・露出狂なんですかね、あたし。」

「まあ、鍛えた体を見せたい、という心理かもしれないな。ボディビルダーのように。」


ああ、確かにその気持ちは分かる。


「でも、何で迷彩柄なんですかね。そんなに軍隊とか、そういうものには興味が無いのですけど。」

「どうだろう。実は、軍隊のような厳しい規律に縛られたい、ということではないだろうか。」


そんなマゾヒスト的な、と思ったが、鷹子さんにはちょっと縛られてみたい。


「なるほど、ですね・・。」

妙に納得して頷き、鷹子さんも相槌を打つように頷く。たぶん、納得した点はあたしと鷹子さんで違うだろう。


交通整理をしている警官に誘導され、小さなアニメショップが立ち並ぶ道路の路肩にクルマは停車する。車道は一般車両通行止めの規制がされているが歩道はそのような規制はされておらず、土曜日の秋葉原ということもあり野次馬が歩道を埋め尽くしている。


「行こうか。現場はその正面のビルだ。」

秋葉原には何回か来たことがあるが、あまり意識したことがない駅前のオフィスビルだ。こんな建物があったのか、と思いながら車を降りる。


あたしは相当に目立つ格好をしているが、野次馬は誰もあたしのことを見てこない。本当に見えないんだ、と、あたしは安堵した。


逆に鷹子さんは好奇の目で見られており、スマホで写真を撮る野次馬もいる。ただ、鷹子さんはまったく気にしない様子で、行き交う警官に警察章を見せながら現場のビルに黒いスーツ姿で颯爽と向かっていく。


ビルの入口には黄色のテープで規制線が貼られており、規制線の奥では大きな声を出している初老の警官がいた。着ている制服は他の警官のものと違い、態度もどことなく横柄だ。


「大声を出しているのは警察署長だな。胸に着けているバッチで階級が分かる。」

鷹子さんはそう解説すると規制線のテープの下をくぐり、その警察署長に近づいていく。


あたしも鷹子さんの後に続くが、どうやらその警察署長は同じ年頃の2人の警官と言い合いになっているようだ。


「他の2人も警察署長だな。所轄のトップが現場で口論とは。」

鷹子さんは不愉快そうに言うとさらに警察署長たちに近づいていき、あたしたちにも彼らの口論の内容が聞こえて来た。


「管轄は万世橋署なんだから、万世橋署の女性警官が行くのが筋でしょう?!」

「万世橋署は全員、交通整理で手一杯なんだよ! だから、応援に来た久松署か神田署から出して欲しいと。」

「久松署も、ウチの神田署も応援は交通整理のためだから!」

「そうそう。それに、ウチの久松署はもともと女性警官が少なく、今日は応援には入っていないですし。」

「さっきいたじゃないか! 見たぞ! 久松署の若い婦警を!」

「結局あなた、自分のとこの警官を出して何か問題が起きたら責任を取らされるから、それを嫌がっているのでしょう?」

「神田署には随分と貸しがあるはずだがなあ! こういう時に返してもらっても、いいんじゃねえか? おい!」


段々とヒートアップしてくる口論に、鷹子さんは3人の警察署長の脇に立っているワイシャツ姿の男性に警察章を提示して事情を聞く。


ワイシャツ姿の中年男性は公安局の女性刑事の登場に驚いたようだが、すぐに自分は警視庁の刑事であると名乗り困ったように声をひそめて話し出す。


「立てこもりの犯人が、コーヒーとサンドイッチの出前を1階のメイド喫茶に注文してきたんですよ。断るわけにはいかないし、一般市民の店員を現場に向かわせるには危険すぎるし。」


「それで、女性警官に出前を届けさせようと?」

「ええ。それを所轄の署長達に相談したら、部下の女性警官に何かあったら署長の責任問題になるからと押し付け合いになってしまって。」


「なるほど。では、犯人の差し入れには私が行こう。」

「えっ。」


驚いている警視庁の刑事から離れると、鷹子さんは3人の警察署長の前に行って警察章を差し出す。


「失礼。公安局の者です。」

「何の用だ。」

口論を邪魔されてご立腹なのか、横柄な態度で1人の署長が鷹子さんを睨みつける。


「私が、犯人への差し入れ役に志願します。所轄から人員を出してもらう必要はない。」


意外な申し出に3人は黙り込む。が、すぐに1人の署長が、ふんっ、と鼻で笑う。

「まあ、志願してもらうのは助かるけどさ。ヘマして状況を悪化させて、所轄に迷惑かけられても困るんだがねえ。」


「交通整理しかできない所轄署に、迷惑はかけません。」

売り言葉に買い言葉。これが大人のケンカか。


鷹子さんの発言に表情が険しくなった署長陣だが、互いに顔を見合わせた後に3人とも薄ら笑いを浮かべる。


「まあ、行きたいなら行けば良いじゃないですか。我々は交通整理していますから。」

「そうですな。これは公安局と警視庁が決めたことで、所轄署は口を挟む余地はなかった。」

「そのとおり。」


「ちょ、ちょっと待ってください。」

ワイシャツ姿の警視庁の刑事が慌てたように口を挟む。

「け、警視庁も、この決定には絡んでいませんから。」


まあったく。どいつもこいつも。さすがに中学生のあたしも呆れかえる。


鷹子さんは特に何も気にしていない様子で警視庁の刑事に話しかける。

「犯人に差し入れをして、ついでに中の様子を偵察するだけだ。問題など起きようがないだろう。差し入れの物資はどこに?」


物資、というのが鷹子さんらしい。


「こちらのメイド喫茶です。案内します。」

その場から逃げるように警視庁の刑事がそそくさと歩き出し、警察署長たちから離れたところで鷹子さんに話しかける。


「あの。犯人は、メイド喫茶の店員に差し入れを持たせるよう要求していて、メイド服を着た店員として行っていただく必要があるのですが・・。」

「何?」


聞いていないぞ、という感じで鷹子さんは足を止める。

「おそらく、女性警官が来ることを警戒しているのだと思います。」

「メイド服を着ることに抵抗は無い。ただ、私は目つきが悪いせいか、私服でも警官だと見破られることが多い。大丈夫だろうか。」


刑事は鷹子さんの顔を見て、すぐに目を逸らす。

「まあ、目つきの悪いメイドさんも時々いますし。」


フォローになってないよ、と、心の中でツッコミを入れて、あたしは鷹子さんに耳打ちする。

「メイクをして、カツラをかぶれば大丈夫ですよ。目つきもアイメイクでぱっちりさせれば変わります。」


あたしの言葉を受けた鷹子さんは歩きながら刑事に話しかける。

「メイクして、カツラを着けて、アイメイクをすれば何とかなりそうか?」

「・・・女性は化粧で変わりますけど。まあ、何とも。」

刑事は懐疑的な物言いをする。


確かに鷹子さんは目つきが鋭く髪型も飾り気の無いショートヘアであるが、化粧をしてロングのウィッグを着けたら相当な美女になるはずだ。もっとも、それでも愛想は無さそうだが。


第三章 メイドさんは突然に



そうこうしているとメイド喫茶に辿り着く。メイド喫茶はオフィスの入口の反対側にあった。

オフィスの入口は駅側で、こちらのメイド喫茶はアニメショップが多い通りに面している。人の流れを考えて作られているのだろう。よくできているものだ。


そして、そのメイド喫茶は立てこもりのあったビルの中にあるため、一般人立ち入り禁止になっているが中には数人のメイドがいるのが見える。


「こちらです。」

そう言うと刑事は鷹子さんのためにメイド喫茶のドアを開けて後ろに下がる。


見た目は大柄で武骨な中年刑事だが、意外にもレディファーストという概念を持っているようだ。


「どうも。」

刑事に礼を言いながら鷹子さんは中に入っていき、あたしも一緒に中に入る。最後に入ってきた刑事がメイドたちに声をかける。


「コーヒーと、サンドイッチの用意はできましたか?」

「できています。」


胸に「メイドリーダー」とのバッジを付け、他のメイドよりも若干年上の女性が奇麗な声で答える。メイドは他に3人いるが、皆、少し怯えている。


「みんなで相談しましたが、差し入れには副店長の私が行きます。」

メイドリーダーは固い表情でそう言ったが、刑事はそれを止めるように手と首を横に振る。


「いえ。差し入れには、こちらの女性刑事さんが行かれます。それで・・。」

鷹子さんが口を挟む。

「警官に見えないよう変装したいので、化粧道具とカツラを貸して欲しい。」


いや、ちょっと待てよ。あたしは鷹子さんのスーツの袖を軽く引っ張ると自分のアイデアを告げる。

鷹子さんも同意したようでメイドリーダーに向き直ると言葉を言い換える。


「失礼。どなたか、私にメイクをして欲しいのだが、頼めるだろうか。」


メイドリーダーが小さく片手を挙げて前に出る。

「私がやります。元々、メイクの仕事をしていたし。この子たちのメイクも私がしているので。」


十代後半か二十歳前後と思われるメイド達を「この子」と呼ぶとは、メイドリーダーは見た目よりも歳が行っているのだろうか。などと、あたしは少々失礼なことを考えつつ鷹子さんのスーツの袖を引っ張り、また自分の意見を告げる。


鷹子さんは顔をしかめたが、あたしが言った通りのことをメイドリーダーに伝える。

「あー、できれば、目つきが悪いので・・その当たりをうまいこと、やって欲しい。」

「かしこまりました。メイク室、こちらです。そこの2人、手伝ってちょうだい。」


パンパンと軽く手を叩いたメイドリーダーは「STAFF ONLY」と書かれたドアに鷹子さんを連れて行く。


「あの、犯人の要求から少々時間が経っているので。お化粧は早めに・・。」

刑事が声を掛けるとメイドリーダーは振り返り、スカートを両指でつまむと軽く腰を落として刑事に微笑む。

「承知しました。5分以内に、彼女を素敵なメイドに変身させます。」


さすがメイドリーダー。完璧なメイドの立ち居振る舞いだ。そうして、鷹子さんとメイドたちは「STAFF ONLY」の部屋に消えて行く。


刑事は腕時計を見ると手近な客席に腰を落とす。店内には刑事と1人のメイドが残されている。あたしも店内にいるが当然ながら刑事やメイドには見えていない。


「5分でメイクができるものなのですかね?」

刑事は店内に残ったメイドに話しかける。


「ウチの嫁なんて、化粧に20分はかかるのに。」

よく見ると、この刑事は結婚指輪をしている。


「大丈夫です。リーダーは元プロのメイクアップアーティストですから。早業には定評があります。」

「・・・ウチの嫁にも早業を教えて欲しいものだ。」


メイドは可愛く笑うと刑事に「コーヒーはいかがですか?」と言い、刑事は疲れたように頷く。

あたしもコーヒー飲みたいな、と思いながら手近な客席のソファに腰かけ、壁にかかった時計を眺める。


刑事がコーヒーを何口か飲み、あたしが時計を眺めて5分ほど経過した頃、「STAFF ONLY」のドアが開き、長身のメイドに変装した鷹子さんが現れた。続いてメイドリーダーと2人のメイドが出て来る。


「え・・。」

刑事は思わず腰を浮かし、あたしは目が点になる。


鷹子さんが着ている服はメイド喫茶の店員がよく着ている、ちょっと胸元が開いた半袖のメイド服だ。しかし、長身であるためメイド服がやや小さく見え、スカートも短く見える。


メイド服からはモデルのような長い手足が伸びており、両手には白いレースの手袋、両足には黒のガーターストッキング。


ウイッグは黒のストレートロングで、鋭い目はちゃんと普通程度の大きさにアイメイクされている。長いまつ毛が魅力的で、顔立ちは落ち着いた和風美人にも見えるし、長髪の美青年にも見える。


そんな中性的な顔立ちでガーターストッキングの脚線美を見せている鷹子さんは、妖艶との言葉でしか表現できない。美人であるとは思っていたが、ここまで化けるとは。


「あの・・お姉さま。」

フロアに残っていたメイドが赤面しながら鷹子さんに近づく。


「スカートの裾が、少しめくれています。」

そういうとメイド嬢は、膝を付いて鷹子さんのスカートを整える。


「すまない。ありがとう。」

鷹子さんは礼を言い、立ち上がったメイド嬢は鷹子さんと目を合わせると後ろで手を組み、熱い視線を送る。


あ、これ、アカンやつや・・。


よく見るとメイドリーダー以外のメイドは3人とも、熱い視線で鷹子さんを見つめている。しかし、鷹子さんは気に留めていない様子で辺りを見回す。

「差し入れの物資はどこだ?」


鷹子さんを呆然と見ていた刑事がようやっと我に返り、テーブルの一角を指さす。

「そこの銀色のトレイに乗っています。コーヒーポットとカップと、サンドイッチです。」

「分かった。」


トレイに近づいた鷹子さんに3人のメイドが群がる。

「重いので、お手伝いいたしましょうか?」

「私もお供いたします。」

「いっそのこと、みんなで行きませんか?」

「いやいや、ちょっと待って!」

刑事が大声を出す。


「一般人は危険なので! 警察官に任せてください!」

刑事は3人のメイドを追い払い、立てこもり現場への道順を鷹子さんに伝える。


そういえば、そもそも立てこもり事件だったなと、あたしは思い出す。


「分かった。では、行ってくる。」

鷹子さんはトレイを持ち上げて店を出て行こうとする。


「行ってらっしゃいませ! お姉さま!」

3人のメイドが黄色い声を出して後を追い、1人のメイドが鷹子さんのために店のドアを開ける。

店を出ようとした鷹子さんは、ふと思い出したようにあたしに指示する。

「ここで待機していてくれ。」


あたしのこと、忘れてただろ。少しムッとしたが鷹子さんに言ってみる。


「あたしも、一緒に行きますよ?」

「犯人は魔獣に取り憑かれているから魔法少女も見えるし、銃を持っている。犯人に撃たれたら、初日に殉職することになるぞ。」


う、と言葉に詰まったあたしは、肩をすくめて鷹子さんに言う。

「分かりました。お姉さま。」


何か言いたげな鷹子さんは無言であたしを睨むと、そのまま差し入れを乗せたトレイを持って店の外に出て行く。3人のメイドは「お気を付けて!」などと口々に黄色い歓声で見送る。


犯罪現場の見学と言っていたが、あたしは何を見せられているのだろう。


店の窓から鷹子さんを見送っていると、鷹子さんに気付いた先ほどの署長たち3人が目と口を大きく開いて固まっているのが見えた。


鷹子さん、進む道を間違えたんじゃないかなあ、などと考えていると、1人のメイドが「あっ」と驚いたような声を出した。


「お姉さま、おしぼりを置いて行っちゃった・・。」

見ると、テーブル上の銀製のトレイに花の形に畳まれたおしぼりが何個か置いてある。


「いやいや。そこまで犯人にサービスする必要もないでしょう。」

店内に残った刑事はそう言うと近くの椅子に腰を下ろし、ズボンのポケットから取り出したスマホを操作し始める。


「それもそうですね。」

メイドは花形のおしぼりを両手で取り上げると刑事に差し出す。


「よろしければ、どうぞ。」

「お。ありがとう。」

刑事は手に持ったスマホをテーブルに置くとメイドからおしぼりを受け取って、手を拭き始める。


あたしは何気なくメイドと刑事のやり取りを見ていたが、不意に思い付いたことがあり、おしぼりが置かれた銀製のトレイに近寄る。


あたしが近づくと、トレイの前にいたメイドが少し離れて行った。銀製のトレイを持ち上げると、刑事もメイドも無意識なのか、目線をトレイから真逆の方向に向ける。


なるほど。クルマの中で鷹子さんが「一般人には魔法少女の行動自体が見えない」と言っていたのは、こういうことか。そういえば先ほどの鷹子さんとの会話も、メイドや刑事には聞こえていないようだった。


あたしは、おしぼりを乗せたトレイを持ったままメイド喫茶を出ていく。ドアが開いたが、刑事もメイドも外にいる警察署長達も、誰も何も気にしない。便利なものだ。


それより、立てこもり事件が起きているのはオフィス棟の14階だったな。


第四章 デリバリー・サービス(鷹子の視点から)



まったく、妙なことになってしまった。

新人の魔法少女の迎えに行ったはずなのに、なぜかメイド服を着て立てこもり現場に向かっている。あまり公安局が警察庁の仕事に関わるのは良くないのだが、まあ、さっさと終わらせて上井君を送り届けよう。


オフィス棟のエレベーターを14階で降り、ゆっくりと歩きながら現場のオフィスに到着すると入口のドアが開きっぱなしになっている。周囲を観察しつつ、オフィスに一歩入って左右を伺う。


右側は普通に事務机と椅子が並んでいるオフィスだ。左側は社員の休憩スペースになっているのだろう。広いスペースにソファやカウチが点々と置かれ、バランスボールがいくつか転がっている。奇妙な休憩スペースだが、アメリカのIT企業にこんな休憩スペースがあるのを見たことがある。


そして、休憩スペースの壁側に頭を向けられて結束バンドで後ろ手を縛られている人質が6人。犯人の男は人質を監視するように1人用の高級そうなレザーソファに座っている。オフィスに入ってきた私には気づいていないようだ。


さて、それでは差し入れを届けて、とっとと帰るとしよう。

「失礼いたします。」


声をかけると犯人の男は驚いたように顔を上げ、唇を突き出して文句を言ってきた。

「遅いじゃないか。コーヒーとサンドイッチで何分かかってるんだよ。」

「申し訳ございません。本日、メイドカフェは臨時休業をしておりまして。仕込みができておらず、時間を要しました。」

「あん? なんで、臨時休業してんの?」

「こちらで事件が起きまして、ビル全体が立入禁止になったものでして。」

「ああ。じゃあ、仕方ねえか。」

犯人はすんなり納得する。あらかじめ理屈の通る言い訳を考えてきて正解だった。


コーヒーやサンドイッチを乗せたトレイを持って男に近づきながら、さりげなく犯人を観察する。

色白で、やせ型。割と洒落た眼鏡をしており腕は細い。駅や電車でよく見かける、大人しそうな大学生との感じだ。そして、右手に自動拳銃のベレッタを持っている。安全装置は解除済み。


男に近づいていく途中にミーティングテーブルがあったので、そこにトレイを置く。

「少々お待ちくださいませ。」


そう言ってトレイからコーヒーポット、コーヒーカップ、クリーム入れなどをテーブルに並べ始めたところで男が声をかけてきた。


「ミルク多め、砂糖は2つね。」

「かしこまりました。」

「ところで、もっと可愛いメイドさんはいなかったの?」

「は?」

思わず、怒気を含んだ声を出してしまったが男は気付いていないようだ。


「いや、美人系の大人の女よりも、可愛い系の女の子のほうが俺は好きなんだよね。」

「左様ですか。」

貴様の好みなんぞ知るか。心の中で毒を吐きながらカップにコーヒーを注いでいると、後ろからいきなり大声がした。


「失礼しまーす!」

犯人の男は驚いたようにオフィスの入口に目をやる。私も嫌な予感を感じながら振り返ると、魔法少女に変身した上井京子がおしぼりを載せたトレイを持ってオフィスに入って来た。


何をやっているんだ、と強い目で上井を睨みつけるが上井は笑顔で話しかけてくる。

「お姉さま。おしぼりをお忘れですよ。」

上井は自分の横を通り過ぎ、迷彩柄のショートパンツにスポーツブラの恰好で犯人の方に近づいていく。


「お待たせいたしました。ご主人様。」

「いやいや。ちょっと待て。止まれ、止まれ。」

そう言って男は銃を持ち上げて上井に見せる。

「何だ? お前は?」

上井は男から少し離れたところで立ち止まる。


「メイドカフェの店員です。お姉さまが、おしぼりを忘れたので届けに来ました。」

「メイド服を着てないじゃないか。というか、なんだ? その格好は?」

「これ、次回にリリースされるゲームの、キャラクター衣装です。」

「ああ。1階のメイドカフェは、ここのゲーム会社が運営してるんだったか。」

「そうでーす。どうですか? このコスチューム。」


上井はお盆を片手で持ち上げると反対側の手を腰に当て、ちょっとしたセクシーポーズを取る。


お前、男の前でなんて恰好をしてるんだ。怒鳴りつけたいところを、ぐっとこらえる。


「うん。いいね。可愛いね。」

男はご満悦だ。


「君、いくつ?」

「16歳でーす。」


嘘をつくな。14歳だろうが。


「16歳かあ。いいね。やっぱり年増よりも若い子の方がいいね。」


・・・・殺すぞ、この野郎。


「はーい。では、ご主人様、失礼いたしまーす。」

上井は犯人に近づき、おしぼりを載せたトレイを手近な椅子に置いて床に膝を付く。


何をする気なんだ、お前は。


上井はおしぼりを両手で広げると「ご主人様、お手を。」と言った。

犯人の男は一瞬、キョトンとしていたが、言われるままに銃を持っていない左手を上井に差し出し、上井は両手に広げたおしぼりで男の左手を拭い始める。


どこで覚えたんだ、そんなこと。呆れながら上井の所作を見ているうちに上井の目的が分かった。


男の左手を拭き終えた上井は新しいおしぼりを広げると男に言う。

「はい。そちらのお手も。」

「あ、ああ。」


男はポーっとした様子で右手を差し出そうとするが銃を持っていることに気付き、銃を左手に持ち替えようとする。

左手で銃身を掴み、右手の指がトリガーから離れた瞬間。上井が素早く立ち上がりながらスッと男の手から銃を奪い取った。


そのまま上井は両手で銃を構え、後ろに下がりながら男に銃を突きつける。

「鷹子さん! これ、安全装置は外れていますか?」

「大丈夫だ。外れている。」

「大丈夫じゃねえよ! 撃つな!」

銃を突き付けられた男はレザーソファに座ったまま両手を挙げる。


一方、おそらく初めて銃を持ったであろう上井は、ちゃんと足を肩幅に広げ、少し腰を落とし両手をまっすぐに伸ばしてベレッタを握っている。


無意識でこれができているならば、なかなかにセンスがある。


感心している場合では無いな、と思い、上井に近づくと銃を取り上げ、今度は私が犯人に銃を突きつける。


「よし。上井。そこの結束バンドで、そいつを後ろ手に縛れ。」

「はい!」

「お前ら、何者なんだよお・・。」

「公安だ。立ち上がって、手を後ろに回せ。ゆっくりだ。」

男はしぶしぶと立ち上がると、手を後ろに回す。上井が皮手袋をした手で数本の結束バンドを使って男の両手を縛り上げる。


「痛い! ちょっと! 手が、血の流れが、止まるって!」

「よし。こっちを向け。」

男は半泣きの顔でこちらに向き直る。手を縛られただけで情けない奴だ。まあ、上井もかなりキツく縛っていたが。


「鷹子さん。そうしたら、外の警察に連絡してきましょうか?」

「いや、魔法少女には、やるべきことがまだある。」

「? 何ですか?」


「魔獣の排除だ。その男に取り憑いている魔獣を排除しないと、その魔獣が別の人間に取り憑いて、また犯罪が行われる。」

「ああ・・。ええと、でも、魔獣が出て来ないですけど。本当に取り憑かれているんですか?」


「よく見ろ。犯人の肩くらいに黒いオーラが見えるだろう?」

「はい。見るからに邪悪な湯気みたいなものが。」


「魔獣に取り憑かれている人間には、必ずこのオーラが出る。このオーラは一般人や、取り憑かれている本人には見えない。魔法少女と特殊な訓練を受けた公安警官だけに見える。」


「マジュウとか、何の話だよ。いいから、さっさと弁護士呼んでくれよ。」

「貴様は黙ってろ。」

男を𠮟りつけると改めて上井にレクチャーを始める。


「以前、お前が変質者を殴ったら魔獣が出てきただろう? あれと同じだ。取り憑かれた人間を魔法で攻撃すると魔獣が出てくる。お前の場合は、魔力を含んだパンチかキックだ。」


「出て来た魔獣はどうすれば?」

「普通の魔法少女は魔法で排除するが、お前の場合は殴るか蹴るかだな。」

上井は微妙に不満そうな顔をする。


「なんか、あたし、殴る蹴るだけじゃないですか? 魔法少女なのに?」

「いいじゃないか。かっこいいぞ。」

「そうですか?」

誉められた上井は笑顔になる。


なるほど、この子の扱い方が少し分かった気がする。


「で、この男の人を殴ればいいんですか?」

「何をする気だよ! 殴るのは普通に犯罪だろ!」

「証拠が残らないように腹を殴れ。内臓が破裂しない程度にな。」

「はい!」

「はい、じゃねーだろ! 弁護士を呼べって!」

上井は軽く腰を落とすと右腕を軽く後ろに引き、男の腹の中心に向けてパンチを繰り出す。良い動きだ。フォームも美しい。


「ぐえへっ・・」

男の口から唾液と胃液が噴出する。上井は素早く後ろに下がり汚い汁を避ける。


「ちょっと、やめてよね!」

男はそのまま後ずさると後ろ手に縛られたまま床に尻もちをつく。何か言いたげだが声が出ない。えづきながら上井を睨んでいる。しかし、魔獣はまだ出て来ない。


「頭を叩け。」

「はい!」


何かを言いたそうに顔を上げた男のこめかみ付近を上井は平手で軽く殴った。その瞬間、男の胸元から体長30センチくらいのダンゴムシのような魔獣が這い出てきた。


「おっ・・こっ! おっ!」

犯人の男は初めて自分に取り憑いていた魔獣を見たのだろう。呼吸すらままならない状態で、嗚咽のような悲鳴を上げて目の前で蠢くダンゴムシから離れようとする。


「動くな。」

ベレッタの銃口を男の顔面に突きつけると、男はダンゴムシと銃口を交互に見ながら恐怖で目を見開いている。その間にダンゴムシは床のカーペットを這って逃げていく。


「おい! そっちに行ったぞ!」

上井に目をやると、上井は床に手を付いてダンゴムシ型の魔獣を観察している。


「? 何をしている?」

「魔獣・・なんですか? この子。」

「ああ、そうだ。」


巨大なダンゴムシは上から覗き込む上井を威嚇するように体を起こすと、カマキリのような鋭利な前脚を胴体から出して構える。


「可愛い・・。」

ん? 聞き間違いか?


「あの、触っても、いいですか?」

「あ、ああ・・。」


上井は手に魔力を帯びているから、魔獣に触れることで魔獣を排除できるはずだ。

「よーし、よしよし。」


まるで子猫をあやすような声が聞こえる。本気なのか、何かの作戦なのかは分からない。


そして上井の手がダンゴムシに近づき、手が魔獣に触れたか触れないかのところでカメラのフラッシュのような光がダンゴムシから発せられ、次の瞬間にはダンゴムシが消えていた。


「あ、あれっ?! 鷹子さん! 私、逃がしちゃいましたか?」

「逃がしてはいない。お前の手から出ている魔力で魔獣を排除した、ということだ。」


「そっか・・。触ろうとすると魔獣は消えちゃうのか・・。」

なぜか上井は寂しそうにしている。


犯人の男は魔獣を見たショックなのか何なのか床に倒れて白目を剥いている。念のため首の脈を取るが気絶しているだけのようだ。


「終わったな。」

私は近くの事務机に置いてあるコードレスフォンを取り上げ、代わりにベレッタを机に置く。


「どこに電話するんですか?」

「メイド喫茶だ。事件が解決したと、刑事に知らせる。」


あらかじめ覚えておいたメイド喫茶の電話番号をプッシュして、刑事に犯人を拘束した旨を伝えると、私はコーヒーポットなどを置いたミーティングテーブルに戻り、妙なデザインをした椅子に座る。


「人質は解放しないんですか?」

上井が壁際に並べられた後ろ向きの人質たちを気にしながらテーブルを挟んで自分の向かい側に座る。


「犯人の共犯者が人質のフリをしていることもある。人質の解放は応援部隊が来てからだ。」

「なるほどお。」

上井は感心したような声を出す。ちゃんと学習してくれているようだ。ついでに、もう少しだけ講義をしておく。


「公安局では魔獣に取り憑かれている人物を『M対』と呼ぶ。魔獣に取り憑かれている対象者、との略だ。」

「・・・。Mって、魔獣のMなんですか?」


「そうだ。M事案のMも、魔獣のMだ。なので、魔獣が絡んでいる事件、すなわち、M事案で、M対に憑いている魔獣を排除するのが魔法少女の役目だ。」

「よく分かりました。ありがとうございます。」

「よろしい。」

上井は礼儀正しく返事もキビキビしており、教えやすいタイプだ。


第五章 ブランチ@犯罪現場(引き続き、鷹子の視点から)



応援が来るまで時間がありそうなのでミーティングテーブルに置いたポットからカップにコーヒーを注ぐ。密閉タイプのポットなので冷めてはおらず、コーヒーの良い香りがあたりに立ち込める。


上井は自分が持ってきたおしぼりのトレイをテーブルに置くと、私におしぼりを差し出す。

「どうぞ。」


なかなか気が利く。レースの手袋を外して手を拭くと上井にもコーヒーを勧める。

「お前も飲むか?」


「あ、はい。いただきます。」

別のカップに上井の分のコーヒーも注ぐ。上井も皮手袋を外すとおしぼりで手を拭いてミルクと砂糖を入れ始める。私は何も入れずにそのままブラックで飲む。深煎りで焙煎したようで酸味よりも苦みが強い。


「いい豆だ。できれば、淹れたてを飲みたかった。」

上井はコーヒーを飲みながら、ラップのかかったサンドイッチの皿を見ている。


「あの。サンドイッチ、食べてもいいですか? 朝ごはん、食べていなくて。」

どうぞ、と言うと、上井は2つあったサンドイッチのうちローストビーフのサンドイッチを口に運ぶ。


「ん・・おいひい・・。」

「食べながら話すな。」


そう言いながら自分も、もう1つのツナサンドに手を伸ばす。私も色々あって朝食を食べていなかったので腹は空いている。


「うん。美味いな、これは。」

マヨネーズは市販品ではなく、おそらく店内で調理したものだろう。パンとツナによく合っており、辛くない程度にマスタードの風味があるのも心地よい。


上井と一緒にコーヒーとサンドイッチを味わっているうちに、ふと思い出した。


「そうだ。学生寮に着いたら、お前のルームメイトが歓迎のランチパーティを開催してくれるから、ここで食べたのは失敗だったかな。」

うぐっ、っと上井がむせて、慌てたようにコーヒーで口の中のサンドイッチを流し込む。


「何ですか、それ? あたしにルームメイトがいることも、ランチパーティーのことも、何も聞いていないですけど?!」

「途中のクルマで話そうと思ったが、そういうことだ。半分くらい残しておいた方がいいぞ。」


そう言いつつ、自分はサンドイッチを口に運ぶ。コーヒーの苦みと、ツナサンドのマヨネーズの酸味がとても良く合っている。メイド喫茶でなければ、あの喫茶店に通いたいくらいだ。


「こんなに美味しいお肉を残したら、バチが当たります。」

上井もローストビーフサンドを食べ続ける。


「・・応援の警察の人、遅いですね。」

「まあな。私の連絡も犯人に言わせられたトラップとの可能性がある。応援部隊も慎重に近づいてきているはずだ。」

「ははあ・・・。警察って用心深いのですね。」

感心したように言った上井に、私は注意する。


「それより、お前は不用心すぎる。素人みたいな犯人だから良かったが、相手がプロなら、お前は銃を奪おうとした瞬間に撃たれていたぞ。」

「分かっています。犯人に隙が無かったら、おしぼりで手を拭いてあげて、そのまま帰る予定でした。チャンスがあれば、と思っただけです。」


肝が据わっている。本当に中学生か、とも思ったが、魔法少女になる子は大体は人並みから外れている。


「それにしても。おしぼりで手を拭いてやって、その隙に銃を取り上げる。あんなこと、よく思いついたな。」

「鷹子さんがここに向かった後、店に残っていた刑事さんが、おしぼりで手を拭くときに持っていたスマホをテーブルに置いたんです。」


「? それがどうした?」

「考えてみたら、おしぼりで手を拭くときって両手に何も持たないのが普通ですよね。だから犯人の手を拭いてあげようとすれば、犯人は銃をどこかに置くか、せめて持ち替えるくらいはすると思って。」

「なるほどな。」

私は表情には出さないものの、上井の発想力に感心する。


「本当は、どこかに銃を置いてくれるのが一番安全ではあったんですけど。持ち替えようとしたときに、隙だらけだったんで取っちゃいました。」


勝手なことをした上井だが、成功したので叱るわけにもいかない。とりあえず、今回のことは不問にしようと思いつつ私はツナサンドを食べ終える。


「食べるの、早いですね。」

「事件はいつ起こるか分からないからな。早食いが癖になっている。お前はゆっくりでいいぞ。」

どうも、と口をモグモグさせながら上井が軽くお辞儀をする。


「ところで、あたしのルームメイトって日本人ですか?」

「ああ。日本人で、お前と同い年の魔法少女だ。」

「良かった。インターナショナルスクールだから、日本語が通じない外国人かと思った。」

「まあ、外国の学生も3人に1人くらいは日本語を話せるからな。お前は日本語以外の語学はどうだ?」


ようやくサンドイッチを食べ切りそうな上井は、口の中のものを飲み込んでから口を開く。

「日本語以外は中学生英語だけです。」


まあ、当然だ。


「お前のルームメイトだが、英語、スペイン語、中国語、韓国語、フランス語、7つか8つくらいの言語を流暢に話せる子だ。特徴と言えばそんなところだ。」


上井が動きを止めて固まる。

「・・・何者ですか。その子。」

「魔法少女は色々な意味で天才肌が多いからな。そんな子ばかりだ。」

「あたしみたいな普通の人が、やっていけるかな。」


上井はポツリと呟くが、お前はお前で普通ではない。まあ、口に出して褒めてやる必要もなかろう。


開け放たれたオフィスの入口の外に人の気配がした。応援の警官隊だろう。すぐには来ずに、中の様子を伺っているようだ。ちょうど上井もサンドイッチを食べ切ってコーヒーも飲み終わっている。


「応援が来たようだ。行くか。」

「あ、はい。」

「それと、おしぼりは回収してトレイと一緒にメイド喫茶に戻しておけ。」

「・・・あ、そうか。ここにあったら、誰がおしぼりを持ってきたんだ、ってなるのか。」

「そうだ。魔法少女が立ち去る時は自分の痕跡を残さないことを徹底するように。」

「はい!」

上井は嬉しそうに返事をし、私は廊下にいる警官隊に声をかける。


「ご苦労様です。犯人は結束バンドで拘束済み、失神中です。拳銃は1丁のみ。犯人から回収済みです。」


それが合図のように大勢の警官がオフィス内になだれ込む。ある者は犯人に、ある者は人質たちに駆け寄り、またある者は部屋の方々に散らばって安全確認を始める。あちこちで無線連絡が始まり、一気に騒然とする。


「すごい・・。」

上井はおしぼりを載せたトレイを持ったまま目を丸くしている。うむ。現場を見学させてやった甲斐があった。


「大丈夫でしたか?」

メイド喫茶の店内にいた刑事が近寄って来る。


「問題ない。ただ、公安局が介入したことは内密にしておいてくれ。」

「あ。はい。」

「それから、誰かに私をメイド喫茶までエスコートさせてくれ。一般人と誤解されて途中で職質されたら面倒だ。」


「でしたら、僕がエスコートします。こちらへどうぞ。」

刑事がゆっくりと歩き始め、私と上井はその後に続く。

さて、さっさと着替えて、上井を学生寮まで届けないと。

 

最終章 上井京子の視点から



「・・・まだ、魔法少女に変身していたほうがいいですか?」

鷹子さんと一緒に自分たちのクルマに戻り助手席に座ると、あたしは運転席の鷹子さんに確認する。


立てこもり事件のあったオフィスビル付近の通行止めは徐々に解除されており、機動隊の大型バスや消防車などが引き上げていく。


「もう少し待ってくれ。その格好は嫌か?」

「嫌じゃないですけど・・。」


あたしは少し口ごもる。

「なんか、恥ずかしいです。」

「一般人には見られていないし、見えるのは私だけだ。」


それはそうなのだが、先ほどのサンドイッチとコーヒーでお腹が少し出てきている。もっと腹筋を鍛えないと。


「ところで、お腹は大丈夫か?」

「えっ・・・やっぱり、お腹出ていますか?」

鷹子さんが、あたしの下腹部に目を向ける。


「いや、そういうことではなく。この後、ルームメイトがランチパーティーをする予定だから、食べられるかどうか聞いただけだ。」

「ああ、それは大丈夫です。」


クルマは「昭和通り」との大きな道路に出る。鷹子さんはあたしに変身を解除して良いと言い、あたしは元の制服姿に戻る。


「学生寮まで、あとどれくらいですか?」

「ここから首都高に乗るから、あと30分くらいだな。」


その間に、鷹子さんに今後のことなどを聞いておいた方がよさそうだ。

「えーと、今後は、事件・・M事案が起きたら、鷹子さんから連絡が来る感じですか?」

「そのとおり。連絡用のスマートフォンを月曜日に支給する。」

「ありがとうございます。」


携帯電話を持つのは初めてなので、ちょっと楽しみだ。


「何か事件があったら、鷹子さんと一緒に現場に行くのですか?」

「そうだ。お前のルームメイトの魔法少女も私がインストラクターをしているから、3人でパトカーに乗って出動することになる。」


パトカーで出動とか、警察官みたいだ。


「それで、ルームメイトの子と一緒に犯人を捕まえて、魔獣を排除する、って感じですか?」

「魔獣を排除するのは魔法少女の役目だが、犯人を捕まえるのは基本的には警察の仕事だ。もちろん、ケースバイケースで魔法少女が犯人を確保することもある。」


ふむふむ。


「ただ、魔法少女が犯人を確保する場合でも、指示は私が出す。間違っても自分で勝手に動かないように。」

「・・はい。」


先ほどは勝手に動いてしまった。怒っているだろうか、と鷹子さんの表情をそっと伺う。


「先ほどのは、私がこういった注意をする前だったからな。今後、現場では私の許可か指示を受けてから行動するように。」

鷹子さんは穏やかな声で諭してくれて、あたしは少しほっとする。


「分かりました。」

再び、クルマに電話がかかってきた。先ほどと同じく本部のオペレーターと名乗る女性からで、すでに鷹子さんが秋葉原での立てこもり事件で活躍したことを知っているようだ。

その時の状況を鷹子さんに尋ね、鷹子さんはその質問にショートセンテンスで答えていく。


その間にクルマはETCを通過して高速道路に入る。これが首都高速かあ、と私は窓の外の景色を楽しみ始めた。

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