第3話

第一章 ルームメイトは美少年?



本部のオペレーターと鷹子さんの電話は結構、長く続いている。その間に首都高を走っていたクルマは出口から一般道に降りていく。電柱の住所表記を見ると、もう麻布に到着したようだ。


クルマは住宅街の道を進み、とあるマンションの前に到着する。ファミリータイプのマンションのようで8階建てくらいだ。


「―――それでは、お話を元に報告書のドラフトを作成しておきます。」

「すまんな。助かる。」


鷹子さんはそう言って通話を切ると、マンションの地下駐車場のゲート前でクルマを停める。

ゲート前の機械がクルマのナンバープレートを読み取ったようで、すっ、とゲートが上がり、クルマは地下駐車場に進んでいく。


「すごいですね。鷹子さんの自宅ですか?」

「ここが学生寮だ。」

「え? なんで、学生寮に駐車場があるんですか?」

「来客用だな。住んでいる学生のクルマではない。」


はあ、と言いながら地下駐車場を見渡す。

20台ほどの駐車スペースがあり、7、8台の車両が駐車されている。いずれも高級そうな自動車で、青色の外交官ナンバーが付いているものもある。


鷹子さんは空いているスペースに駐車してエンジンを停止する。


助手席のドアを開けて降りると、鷹子さんが後部座席からあたしの荷物である段ボール箱を降ろそうとしている。


「あたし、持っていきますよ。」

「いや、結構だ。それより、ほら。」


鷹子さんはあたしに1枚のカードを渡してくる。

「それが、学生寮と学園に入るカードキーだ。そこのエレベーターホールのドアに当ててくれ。」


何も書かれていない白いプラスチックのカードだ。言われたとおりにカードを当てると、エレベーターホールの自動ドアが開く。駐車場からマンションの中に直接上がるエレベーターのようだ。


「エレベーターのボタンも押してくれ。お前の部屋は303号室だ。」


住んでいた団地は階段でエレベーターのある家に住むのは初めてだ。それにしても想像していた学生寮と全然違う。


エレベーターを3階で降りるとマンションというよりホテルのようだった。屋内廊下で茶色のカーペットに茶色の壁、上品で淡い照明が点灯している。


「303・・。ここですね。」


ドアノブの上にあるセンサー部分にカードをタッチすると鍵が解除された上品な音がする。ドアを開けると大理石の床のようなツルツルの玄関が見えた。


「どうした?」

「いや、土足で入っていいのかと思って・・。」

「靴は玄関で脱いでくれ。」

「いえ。大理石の玄関に、土足で入っていいのかと思って。」

「・・・何を言っているんだ? お前は。」


段ボール箱を持ったままの鷹子さんに申し訳なくなり、床を汚さないように一歩だけ玄関に入ると、そのまま靴を脱いでフローリングの廊下に上がる。


ふわふわのピンク色のスリッパが置かれているが履いていいものかどうか分からない。


突然、廊下の奥の、おそらくはリビングと玄関をつなぐドアが開き、同い年くらいの少年が顔を出した。

「なんや! インターホンくらい、ちゃんと鳴らせや!」

「へっ?」

そのまま、あたしはフリーズする。


廊下を歩いてくる少年は黒のスラックスに白のワイシャツ。さっぱりとした黒髪に青色のメッシュが入っている。色白で細面の、お洒落なイケメンだ。


「おい。ちょっと、どいてくれないか。」

あたしが邪魔で段ボールを廊下に置けない鷹子さんが声をかけてきて、あたしは壁際に避ける。


「スリッパぐらい履けや。」

関西弁の少年はそう言ってピンク色のふわふわスリッパを指さす。


「あ。はい。」

あたしはスリッパを履きながら考える。

この少年はルームメイトである魔法少女の兄弟だろうか。いや、土曜日だし、魔法少女の彼氏が遊びに来ているのかもしれない。


「廊下で立ち話でもなんやから、こっちに来や。」

言われるがまま廊下を歩いてリビングに入る。


広い。30畳はありそうなリビングだ。リビングの左側に大型テレビとL字型のソファ。右側は食卓と椅子が4つ、それから、カウンターキッチンと冷蔵庫、ウオーターサーバなどがある。


後から入って来た鷹子さんが説明する。

「間取りは、2LDKだ。ここが32畳のLDK。先ほどの廊下にトイレと浴室。その向かい側に18畳の部屋が2つ。向かって左側のドアが、お前の部屋だ。」

「まあ、お座りや。飲み物、冷たい方がええか?」

「あ、はい。」


少年はパタパタとスリッパの音を立てながら部屋の隅に行き、大きな冷蔵庫を開ける。

「コーラに、炭酸水に、コーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶、オレンジジュースにりんごジュース、軟水、硬水にスポドリもあるで。」


「何でそんなに飲み物があるんだ?」

鷹子さんが不思議そうに尋ねる。

「京子はんが何を好きか分からんかったから。とりあえず、一杯買っておいた。」


あたしと鷹子さんはウーロン茶をお願いし、少年はウーロン茶の入ったグラスを3つ、お盆に乗せて持ってくる。手伝おうとしたが、「客人は座っとれ」と断られた。


ソファに座っている鷹子さんとあたしの前のテーブルにお洒落なグラスに入ったウーロン茶が置かれ、緩めの白ワイシャツを着た少年はL字型ソファの横側に座る。


よく見ると白いワイシャツの開いた胸元から金色のペンダントが見える。なんか、ホストクラブのホストみたいだ。


「ウチ、赤井美月といいます。赤い井戸に、美しい月で美月や。ちょっとホラーチックな名前やろ?」

ニヤっと笑った美月の口元に八重歯が見えた。


あれ、この子って、もしかして。


「3か月前から魔法少女やってます。よろしゅうな。」

やっぱり、女の子だ。でも、ワイシャツから見える胸元の辺りにはブラを着けているようには見えない。


「どこ見とんねん。」

「あ、えっと・・。」


あたしは言葉を濁すと話題を変えるように自己紹介を始める。

「あたしは、上井京子。えっと、今月に魔法少女?になって・・。」

「知っとるで。変質者をぶん殴って倒したんやろ? 殴る蹴るが武器の格闘系の魔法少女。まあ、鷹子はんからは、それくらいしか聞いてへんけど。」


格闘系の魔法少女。それって魔法少女なのかなあ、と思いながら、あたしはウーロン茶を口に運ぶ。


美月が少し身を乗り出してあたしに質問する。

「ところで格闘系の魔法少女って、変身後はどんな服になるん? 鷹子はんに聞いても、教えてくれんねん。」


「説明が難しいからな。下手に説明をして、妙な印象を与えても良くない。」

ソファでも背筋をピンと伸ばしている鷹子さんが口を挟む。

「それに、変身後の服なんて何でもいいだろう?」


「よくないでー。」

ムスッとした顔の美月がウーロン茶の入ったグラスを持ち上げながら言う。

「相棒の可愛い魔法少女が、どんだけ可愛い魔法少女の服を着てるんか。めっちゃ気になるやん。」


うーむ。そうか、この子が相棒の魔法少女か。

それよりも、魔法少女に変身した自分が、可愛い服を着ていると期待されていることが少々後ろめたい。さっさと現実を見せたほうがよさそうだ。


「ちょっと、変身するから見てみます?」

あたしはそう言ってソファから立ち上がると、ソファ前の少し広めなスペースに立つ。


ウーロン茶を飲もうとしていた美月は、おお、と言いながらグラスを置くと期待を込めた目であたしを見上げる。


若干、美月の胸元が深く見え、胸のわずかな膨らみが見えた。やっぱり女の子だがブラは着けていないようだ。


「じゃあ、行きますね。」

あたしは美月の胸元から目線を逸らして目を閉じる。くっ、と腹筋に力を入れると変身した気配がした。

迷彩柄のショーパンとスポーツブラ。黒のショートブーツに黒の皮手袋。自分としては、この格好もだいぶ見慣れたものになってきた。


美月がポカンとして、あたしを見上げている。

「・・・ねえちゃん、ボクシングでもやるんか?」

「いや、これ魔法少女。」

「・・・腹筋、ちゅうか、全身の筋肉すごいな。」

「せやろ?」

カラダを眺められている気恥ずかしさもあってか、あたしも思わず関西弁になる。


美月は、まるで美術品を鑑賞するような目であたしを眺めている。

「うーん。魔法少女というより、格闘少女やなあ。でも、かっこええなあ。」


美月に観察されているうちに段々と恥ずかしくなり顔が火照ってきた。

あたしは変身を解除して制服姿に戻るとソファに戻り、赤面を誤魔化すように美月に言う。

「ねえ。美月の魔法少女の恰好も見せてよ。」

「おお。よくぞ言ってくれました!」


美月は手を叩くと嬉しそうにテレビの前に立ち、「ほな行くで。」と両手を上げた可愛いポーズを取って、さらっと変身した。予想外の姿にあたしは息が止まる。


美月はスリットの深い真っ白なチャイナドレスを着ていた。よく見ると金色の糸で縁取りと刺繡がされている。

靴は中華風の真っ白なローヒール。そして美月のラメ入りのショートヘアが、変身後はボリューミーな金髪ロングのお団子ヘアになっている。


「・・・・・。」


言葉が出ない。さっきまでのボーイッシュな女の子とは別人だ。


「どや?」

美月は腰に手をあてて、チャイナドレスのスリットから伸びる脚を見せつけてくる。


「・・・参りました。」

あたしがそう言うと、美月は笑いながらあたしの横に座る。


「いやー、ずっと誰かに見せたかったんけどな。このチャイナドレス。でも、普通の人には見えへんし、鷹子はんは何も言ってくれへんし。」


間近で見ると上質なシルクのような生地で、金色の細かい刺繡も手が込んでいる。


「すごい綺麗で似合ってる。白地に金色って、かっこいいね。」

「そうやろ? 白虎みたいで気に入ってんねん。トラやで、虎。」

美月は八重歯を出して本当に嬉しそうにしている。ここまで感情を全面に出せるのは羨ましい。


「変身すると金髪になるの? それとも、元から金髪?」

「いやいや、地毛は黒やで。なーんでパツキンなんやろなあ。」


変身後の恰好には深層心理が表れるという。結構、美月は目立ちたがりなのかもしれない。


「美月は魔法が使えるの?」

「使えるで。電気魔法って言うてな。手から電流が出て、いろんなことができるんや。」

「ここで魔法を使うなよ。電子機器が壊れる。」

鷹子さんが横から注意する。

「あー、分かっとるわ。」


美月は変身を解いて元のホスト風の服に戻るとリビングの壁にかかった大きな丸時計を見上げる。

「ちょうどいい時間やな。腹は減っとるか?」


秋葉原の現場で食べたローストビーフサンドはだいぶ消化されている。

「うん。それなりに減っている感じかも。」

「そしたら、一緒に昼メシ食おか。」

そう言って美月は手招きをしながら、ソファの後ろのダイニングテーブルに向かっていく。


第二章 魔法少女とお好み焼き



美月に勧められて、あたしは食卓の椅子に座る。

「京子はんは、食べ物のアレルギーはあるか?」

「ないです。」

「お好み焼き、好きか?」


安価な材料でお腹が一杯になるお好み焼きは、上井家でもよく食べている。


「好きです。具材を変えれば毎日でも食べられますよね。」

そっか、と言った美月は少しモジモジしながら提案する。


「そしたら、ウチが、お好み焼きを焼くから。まあ、お好み焼きパーティみたいな感じで食べてくれるか?」

「え! 食べる、食べる。すごい嬉しいよ、ありがとう!」


母親以外の誰かが作った料理を食べるなんて久しぶりだ。


「鷹子はんも、一緒に食べてくことで、ええんやっけ?」

「ああ、いただこう。」


鷹子さんは大きな四角いホットプレートをどこからか持ってくると食卓に置く。美月はパタパタとスリッパを鳴らしながら冷蔵庫から食材を運んでくる。


「京子はんの歓迎パーティをやろう思うてな。何がいいか鷹子さんに相談したんねん。そしたら、ウチがいつも自分用に作ってるお好み焼きをご馳走すればええって言ってくれてな。」

「買ったものを並べるパーティーよりは温かみがあって良いだろう。」


「気に入ってもらえるか不安やけどなあ。最初は、普通に豚玉でええか? チーズ乗せるとウマいで。」

「あ、じゃあ、豚玉のチーズ乗せで。」

なんだろう、楽しくなってきた。


「ほな、焼かせてもらいまーす。」

美月は、具材をボウルに入れて混ぜ合わせるとホットプレートに粉と具材を広げる。食欲をそそる湯気が一気に立ち上り、美月は両手に持ったコテでお好み焼きの形を整えていく。


焼いている間に3人で話したが、美月はお好み焼きのプロを目指しているらしい。お好み焼き粉を溶く出汁の配合や、具材の種類や産地を変えて研究しており、本人曰く「究極のお好み焼き」を作ることが目標だそうだ。


「そろそろ、ええかな。」

そう言って、美月はお好み焼きを3等分にするとソースをハケで塗って配る。

長芋の出汁が効いているのか、ふっくらと焼きあがっている。見るからに美味しそうだ。


「青のりとマヨネーズはお好みでな。」

美月は自分のお好み焼きには手を付けずに、ニコニコとあたしを見ている。どうやら、あたしが食べたときの反応を伺っているようだ。


見られていると食べにくいが、青のりを少しかけて、大きめの豚肉が乗っているところを箸で切って一口いただく。


「・・・んま。」

お好み焼きとは思えない美味しさだ。美月のために感想を言おうとしたが、うまい言葉がでてこない。ただ、美月にとっては、あたしの表情だけで十分だったようだ。


「ささ、どんどん食べてな。小さめに焼くから3枚くらい行けるやろ。」

美月は満足げに言うと自分の分を食べ始める。鷹子さんは食べるのが早く、もう1枚目を食べ終わりそうだ。


そんなこんなで、3人で3枚どころか、5枚のお好み焼きを完食した。なお、食後に食器を洗おうとしたら食洗器なるものがあって驚いた。便利な時代になったものである。


「さて・・。」

食後の片付けが終わり、3人がL字型ソファに座ってほうじ茶を飲んでいると、鷹子さんが切り出した。


「上井君の、学生寮や学校の案内は美月に任せて良いか?」

「ええで。土日のうちに回っておけばええか?」

「そうだな。それから、上井君の選択授業の申請書を月曜の朝までに作っておいて欲しいのだが。」

「オッケーやで。京子はんに説明して、一緒に作っておくわ。」

「そうしたら、学校関連は美月に任せるとして。簡単に、魔法少女としてのルールを上井に教えておく。」

「あ、はい。」


あたしは、ほうじ茶が入った湯呑をテーブルに置く。


「あの、筆記用具を取ってきてもいいですか?」

「そんなに複雑な話にはならない。よく考えれば分かる、単純なルールだ。」


鷹子さんは、湯呑に入ったお茶を一口すする。

「まず1つ。魔法少女の能力を悪用してはいけない。」

「はあ・・。」


悪用って、どういうことだろうか?


「魔法少女に変身したら、一般人から見えなくなる。それを利用して、何かを盗むなどの悪事を行うことは厳禁だ。」


ああ、なるほど。


「そういうことをすると、魔法少女の能力自体が無くなる。」

「分かりました。」


「それから、M対、魔獣に取り憑かれている対象者を街で見かけることもあると思う。」

「黒いオーラが出ている人ですね。それって、魔法少女に変身していなくても見えるんですか?」

「見える。もし、どこかでM対を見かけたら、まず私に連絡をして速やかにM対から離れること。間違っても1人で勝手にM対を確保して魔獣を排除しようと思うな。」

「分かりました。」


「M対は銃などの凶器を持っている可能性もあるし、確保は一般市民が巻き込まれないように行う必要があるからだ。」

「はい。」

よし、というと鷹子さんはお茶を飲み終える。


「あとは、二人ともコミュニケーションをよく取って仲良くするように。」

あたしと美月は顔を見合わせ、美月がニッと八重歯を見せる。


「せやな。今日と明日、いっぱい遊ぼうなー。」

「宿題があるのならば、宿題もやるように。」

「おっけ。宿題も一緒にやろなー。」

「それは一人でやりなさい。」


なんだろう。鷹子さんはあまり話さない方かと思っていたが、美月とはポンポンと会話している。美月の人懐こさが成せる技だろうか。


「さて、それでは保護者は失礼するとしよう。」

鷹子さんはスッと立ち上がると、スタスタと玄関に向かう。美月とあたしが後を追い、玄関先であたしは鷹子さんにお礼を言う。


「いろいろ、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。」

鷹子さんはあたしを見ると、うむ、と頷く。

「何かあったら連絡してくれ。」

「合点承知やでー。」


鷹子さんを見送ると、あたしは一旦、荷物を整理することにした。玄関先に置いてあった段ボールを持って自分の部屋に入る。


「広い・・。」

団地では自分の部屋は6畳だったが、ここは3倍の18畳。すでに勉強机、ベッドなどは置かれておりクローゼットもある。というか、クローゼットを開けたら6畳くらいの空間が現れて、さらに驚いた。ウオークインクローゼットらしいが、普通にここで生活できる。


筆記用具や教科書を机に置き、無駄に広いクローゼットの中の収納棚に下着類を収める。ついでに制服も脱いでショーパンとTシャツに着替える。まだ5月だが、やや汗っかきなので、このくらいがちょうどよい。迷ったが、スポーツブラは着けておくことにする。


リビングに戻ると大型テレビが点いており、何かのゲーム画面が映っている。

「なあなあ、これで対戦せえへんか?」

画面にはキャラクターがカートでレースをしているデモ映像が映っていた。


「あ、これ知ってるけど・・。やったことないんだよね。」

「そうなん? 結構、簡単やからチュートリアルからやってみ?」

そう言うと美月はコントローラーを渡してくる。


「あ、着替えたんか・・・。やっぱりちょっと、ムキムキやな。」

「ところで、美月って関西の人?」

「せや。生まれ育ちは神戸やな。」

「変なこと聞くけど、いつも家で、そんなオシャレな恰好してるの?」

「あー、これかー。」


美月は自分のホスト風の服を見下ろすと肩をすくめる。

「オカンがな、女性は24時間、オシャレせなアカンってポリシーでな。」

「へえー。」

「別にもう一人暮らしやから、1日中パジャマでもええんやけど。昔からきっちりした格好で過ごしてたから、こういう格好でないと落ち着かなくてな。」


きっちりした格好とは、こういう男装系の衣装なのだろうか。


「京子はんは、昔から東京なん?」

「うん。生まれも育ちも東京の下町。」


ついでに、この機会に自分の家庭環境も話しておくことにする。

「あたし、父親がいなくてね。工場勤務のお母さんとずっと2人暮らしで、家も貧乏で。だから、こんな大きな家に引っ越してきて、食洗器とか、ウオーターサーバもあって、すごい驚いてる。」


一気に言うと、ちらっと美月の表情を伺う。だが、美月の表情に特に変化は見られない。

「そうなんか。まあ、しっかりした娘さんで、お母さんも安心やろ。」


なんだろう、美月らしい返し方で軽く苦笑いする。下手に同情されるよりは全然いい。


「ほい。チュートリアルやで。ボタン押して、画面の案内に従って操作してな。」

コントローラーを美月から渡され、あたしは不慣れなテレビゲームをやり始めた。


10分ほどでチュートリアルが終わり、美月とカートレースの対戦を始めたあたしは、ゲームに夢中になっていた。おそらく動体視力や反射神経はあたしの方が上だが、美月はゲームをやり慣れており、レースは勝ったり負けたりの接戦が繰り返されていた。


何回か終わったところで、美月が「スマン! トイレや!」と言って、お手洗いに立った。

あたしも一息ついてソファに寄りかかり、壁の時計を見て驚いた。

「え。もう、6時半・・?」

体感で30分くらいだったが。ゲームって怖い。


「ふう、スッキリしたあ。」

あっけらかんと美月が部屋に戻ってくると、あたしと同じことを言う。

「え? もう6時半?」


「あたしも、お手洗い行ってくる。」

そう言って用を済ませて戻ってくると、美月がソファでぼーっとしている。


「京子はん。夕飯、どうする?」

まだお腹にお好み焼きがちょっとだけ残っている。ただ、今から夕食の支度をすると出来上がる頃にはそれなりにお腹が空いていそうだ。


「お昼は美月が作ってくれたから今度はあたしが作ろうか? カレーでよければ。」

「え? カレー?」

美月がパッと体を起こす。

「食べたい!」


なんかもう、美月が可愛い弟のように見えてきた。見た目はホスト風のイケメン王子だが。


「ちょっと冷蔵庫開けるね。」

あたしは冷蔵庫の中の食材を確認する。


「お好み焼きの豚バラが余ってるから、ポークカレーかな。」

野菜はキャベツと山芋しか無い。


「ねえ、近くにスーパーってある?」

「あー、広尾の駅前にあるで。徒歩10分ちょいかな。」


腹ごなしに歩くのにちょうどよい。


「じゃあ、先にご飯を炊いて・・一緒に買い物に行こうか。」

「ええで。カレーはウチ、甘口がええんやけどなあ。」


美月はソファに腰かけてニコニコしながら、あたしを見上げてくる。同い年のはずだが、やっぱり妹か弟のように見える。


第三章 はじめてのおつかい(美月の視点から)


そんなこんなで、京子はんと駅前のスーパーに向かっている。東京女子と仲良くできるか心配だったが、何も気にすることは無かった。

特に話しにくいことも無いし、逆にうるさく話しかけられることもない。


ちらり、と隣を歩いている京子はんを観察する。背はウチよりも5センチくらい高く160センチくらいやろか。

肩に少し届くくらいのセミロングヘアで、顔立ちも整っている。


華やかな目立つ美人というよりも、控えめな日本美人といった感じだ。見た感じはクールで物静かな感じだが、話してみると愛想はいい。


服装は白いスニーカーに白のショーパンと無地の白Tシャツ。上に灰色のパーカーを羽織っている。飾り気の無い服だが、逆に長くて筋肉質な手足が見栄えして、ちょっと目を惹く恰好だ。


「そこの通りを渡ったところが駅で、あっちがスーパーや。」

目的地手前の交差点に着くと京子はんに説明する。


「なんか・・、駅も、街並みもオシャレだね。」

「まあ、麻布やからなあ。」

神戸の街並みの方がセンスあるで、と思うが口には出さない。


赤信号で立ち止まり車道を走る都バスや外車を眺めていると、通りの向かい側に嫌なものが見えた。

30歳前後の女性。黒っぽいコートに黒いバッグ。そして、肩のあたりから立ち上る、黒いオーラ。


「美月、あの人って・・?」

京子はんも気づいたらしい。

「ああ。魔獣に取り憑かれとる。鷹子はんからさっき教わったやろ? M対ってやつや。」

「M対って、結構、多いの?」

京子はんが声を潜めて聞いてくる。

「いや。ウチも街中で見るのは、この3か月で2人目や。そうそう見かけへんで。」


ウチはポケットからスマホを取り出すと、鷹子はんに連絡しようとする。

「美月、ちょっと待って。」

何を待つんや、と顔を上げると、M対の女性がバッグの中に右手を入れて足早にどこかに向かっていく。女性の目の先には歩道をゆっくりと歩く高級スーツを着た中年男性。

「いやいや、京子はん。勝手なことしたらアカンて。」


ちょうど信号が青になり、京子はんは小走りに横断歩道を渡るとM対の女性に向かっていく。

「ちょい待ちや!」

慌てて後を追いかけるが、京子はんは横断歩道を渡り終えようしたところで魔法少女に変身し、女性の後をダッシュで追いかけていく。


「なにしとんねん!」

思わず大声を上げて全力で走るが、京子はんには追い付けない。必死で走る自分に周りの人たちが視線を向ける。


M対の女性は中年男性の真後ろで止まると、持っていたバッグから刃物を取り出した。周りの通行人は誰も気づいていない。


これ、大声出したほうがええんか?


そう思った瞬間、魔法少女の京子はんがM対の女性に体当たりをして刃物を持った右腕を掴み、近くのショッピングモールに引きづっていく。


「ああ、もう!」

役に立つかは分からんが、ウチも魔法少女に変身してM対の女性の左腕を掴み、京子はんに加勢する。


何よ! 離して! と女性は抵抗するが、魔法少女の行動は一般人には見えない。モールの入口付近の人々は何も聞こえていないかのように自分たちの周りを通り過ぎていく。


女性を引きずりながらモールの自動扉を抜けると、すぐ左側にトイレのサインが見えた。

「京子はん! こっちや!」


女性の腕を左側に引っ張り、京子はんは片手で女性を半分持ち上げながら女性用トイレに連れていく。トイレのドアを開けて中を素早く見渡すが、幸い誰もいない。


女性をトイレの中に連れ込むと、京子はんが洗面台の前で女性の腕をねじ上げる。女性の手から刃物が離れ、大きな音を立てて洗面台のボウルに落ちた。ギザギザの付いた、大きなサバイバルナイフだ。


相当な殺意があったんやな、と背筋が寒くなる。


女性は落ちたナイフを呆然と見下していたが、突然、洗面台に手を付いて大声で泣き始めた。

人が入ってきたら面倒や。ウチは、トイレの奥に行って掃除用のロッカーを開けてみる。思ったとおり、ロッカーの中には「清掃中」の立て看板があった。


「おっしゃ!」

自分の機転を自分で褒めつつ、立て看板をトイレの入り口に運ぶ。途中、看板を運んでいる自分の姿が洗面台の鏡に映る。

「なんでウチ、チャイナドレス着てトイレ掃除してんねん!」


トイレのドアを開けて外側に「清掃中」の立て看板を置くと、ウチはトイレの中に戻る。中では引き続き、M対の女性が泣き崩れていた。


「ごめん、美月。この人が男の人を襲おうとしてたから。止めなきゃいけないと思って。」

「まあ、ええて。ほんじゃ、鷹子はんに連絡するで。」


改めてウチはスマホを探す。あれ。変身を解かんと、スマホ出てこんか。


「待って。美月。」

「なんや。」

「この人、悪い人じゃないと思う。」

「はあ?」


思わず、アホみたいな大声が出る。


「なに言うてんのや?」

「いや、何となくなんだけど・・。」

はあー、とウチは大きな溜め息を吐く。

「そんな大きなナイフを持って、街中で人を刺そうとしたんやで?」


それを聞いた女性は、より一層激しく泣き出した。

泣き声で誰か来るかもしれん。ウチは魔法少女の変身を解くのを、しばらく待つことにする。泣くだけ泣いたら落ち着くやろ。


そのまま黙って見ていると泣いている女性は嗚咽しながら咳込み始め、京子はんが女性の背中をさすって軽く叩く。

すると、女性の喉元から何か黒いものが落ちた。


「あ・・。」

京子はんの声に覗き込むと洗面台のボウルに落ちたナイフの上に、大きな蜘蛛のようなものがいた。


いや、見た目は蜘蛛に近いが、よく見ると尻尾が生えている。

どうやら女性に取り憑いていた魔獣が今の背中ポンポンで出てきたらしい。


「あ、この子!」

女性は嬉しそうな驚きの声を上げる。


「この子、私を助けてくれたんです。」

え? という感じでウチと京子はんは顔を見合わせる。


「あの男に騙されて、すべて失って。遺書を書いて死のうとしたら、この子が、どこからか来てくれたんです。」


この子、と呼ばれている魔獣は蜘蛛にサソリのような尻尾が生えており、背中には小さな目がいくつも付いている。体長は尻尾を含めて20センチ少々と小さいながらも、見た目はしっかりグロテスクな魔獣だ。


「この子、私に言ってくれたの。死ぬ必要はない、悪いのはあいつだ、って。」


女性は泣くのを止めて、涙を手で拭いながら魔獣を見下ろしている。


「警察にも、弁護士さんにも相談したけど、あの男が悪いとは誰も言ってくれなかった。この子だけが、分かってくれた。」


一人語りを始めている女性に、ウチは耐えられなくなって声をかける。

「そいつに勇気をもらって、ナイフであの男を殺そう思たんか?」

「そう。あたしは死ぬ必要はない。死ぬのはあいつ。」

女性はウチの顔を正面から見てくる。


ウチも負けじと睨み返す。メンチ切りなら負けへんで。


「そう思っていたんだけどね、なんかもう、どうでもよくなっちゃった。」

女性は気の抜けた物言いをすると、鏡に向き直り軽い溜め息をつく。


そして、魔獣を見下ろしながら魔獣に話しかける。

「ありがとうね。」


女性は蜘蛛のような魔獣の背中を撫でる。魔獣の背中についている小さな目が細くなり、魔獣は気持ちよさそうに撫でられている。


「もう、あの男を殺そうという気持ちは無いんですか?」

京子はんの問いに女性が答える。

「無いかな。刺そうと思った瞬間に吹っ切れた感じ。体は勝手に動いて刺そうとしていたけど、頭の中では、どうして私はこんなことしているのかな、って考えてた。」


女性は愛おしそうに魔獣の尻尾の部分を撫で始め、魔獣は相変わらず大人しくしている。


「自分が死のうとも、思わないですか?」

やや緊張した感じで京子はんが女性に尋ね、女性はゆっくりと首を横に振りながら答える。

「無いな。私、何もできないと思ってたんだけど。頑張れば、ああやって人を殺そうとすることもできるんだ、って自信がついたし。」


殺人未遂で自信がついたとか言われてもなあ、と思いながら、ウチは無言でトイレの天井を見上げる。


「あなたたちがギリギリで止めてくれて、助かった。ごめんなさいね、せっかく止めてくれたのに暴れちゃって。あの時は、なんかもう、よく分からなくて。」

「いえ、いいんです。それよりも・・。」


京子はんは落ち着いた声で、魔獣を見ながら女性に話しかける。

「この子、こっちの世界にいてはいけない子なんです。だから、この子を元の世界に戻してあげてもいいですか?」


魔獣を撫でていた女性の手がピタリと止まり、蜘蛛のような魔獣は背中についている目をすべて開くと、京子はんに向かって威嚇するように両前脚を持ち上げる。


「京子はん。」

ウチはアドバイスするように京子はんに声をかける。


「魔獣を排除したら、このお姉さんは魔獣のこともウチらに会ったことも忘れて、一般人に戻るんや。どうせ忘れるんやから許可なんか不要やで。」

「でも・・・。」


そう言うと京子はんは押し黙り、女性の顔を見る。何らかの返事を求められた女性は困惑しながら言う。


「あの、あなたたちのこととか、色々とよく分からないけど。この子が、こっちの世界にいてはいけないって、どういうこと?」


ウチは頭を掻きながら女性に説明する。

「あのな。そないな生き物が、この世にいると思うか?」


女性は、じっと魔獣を見下ろしている。京子はんがゆっくりと女性に説明する。

「この子、迷子なんです。間違えて、こっちの世界に迷い込んでしまって。だから、元の世界に戻すんです。」


女性はしばらく黙った後に口を開く。

「・・・この子が、納得して戻るのなら。」


またムチャなことを言う、と思ったが、京子はんは女性に向かって頷くと、魔獣の上にゆっくりと手を差し出して魔獣に話しかける。

「大丈夫。怖くないから。」


京子はんと魔獣は、しばらくにらみ合う、というか見つめ合っているようだった。やがて魔獣は、仕方ねえな、といった感じで持ち上げていた両前脚を下ろす。よく見ると、背中についている小さな目もすべて閉じている。


魔獣って、人間の言葉が分かるんか?


「じゃあ、お姉さん。お別れの挨拶を。」


女性はしばらく黙っていたが、そっと魔獣を撫でて「元気でね」と言う。魔獣はまったく動かず、まるで覚悟を決めているようにも見える。


女性が手を離すと京子はんが魔獣に手を近づけていく。そして、手が魔獣に触れる直前にカメラのフラッシュのような光が魔獣から放たれた。


最終章 



「あれっ?」

女性が我に返ったように辺りをキョロキョロと見渡す。取り憑いていた魔獣がいなくなり、ウチら魔法少女の姿は見えていない。


「ひゃっ?!」

女性は洗面台のボウルに落ちている大きなサバイバルナイフを見つけて、口元を両手で抑える。


「あ、このナイフ、私のか・・。」

そういうと洗面台に置いてあったバッグからタオルを取り出し、ナイフを丁寧にタオルでくるむ。


「私、何をやってたんだろうなあ・・。」

女性はナイフをバッグにしまうと手を洗い始める。そして、ハンドドライヤーで手を乾かすとトイレを出て行った。


「え? 清掃中だったの?」

女性の呑気な声がトイレの外から聞こえ、ウチは京子はんと顔を見合わせて息を吐く。


「ごめんね、美月。勝手なことをして。」

「ほんまやで。M対を見たらまず連絡、って言われたばかりやんけ。」

「今後は気を付ける。」

「頼むで、ほんま。さ、長居は無用や。とっととズラかるで。」


ウチも京子はんも変身を解除してトイレから出ようとするが、清掃中の立て看板が邪魔をする。

「あたし、片付けるね。」


京子はんは重りの付いた立て看板を片手で軽々と持ち上げると、奥の掃除ロッカーに戻す。変身していなくても普通に力がある。


「よしっ。片付け、完了。」

京子はんはそう言うと洗面台で手を洗い出す。ウチも何となく、一緒に手を洗い出す。


手を拭いてトイレを出ると、ショッピングモールの店内BGMと人々の喧騒が聞こえてきた。土曜日の夕方。みんな、平和そうに買い物をしている。


「ふう。」


いつも通りの日常な世界に安心して、ウチは軽く息を吐く。隣にいる京子はんは何事も無かったかのようにモールの中を見渡している。


「そういえば、美月。嫌いな野菜とか、ある?」

「え? なんでや?」

「苦手な食材はカレーに入れないほうがいいかな、と思って。」

そういえば、カレーの食材を買いに来たんだっけか。


「ああ、特に苦手な野菜や、食材は無いで。」

「そっか。」


京子はんは、にっこりと笑うとモール内のスーパーに向かって歩き出す。


刃物を持った女を取り押さえたのに平然としとる。

なんか、魔獣と話してたみたいやし、色々と聞きたいこともあるが人前でそんな話もできんし。メシ前にグロな魔獣を思い出したくもないし。


まあ、機会があったら、そのうち聞いてみよか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る