第5章 戦争の道具 3話目 


「まさかあの人がこのような真似までしていたなんて……」


 想像できなかったか、と言われたら否定することはできる。しかしそれでもなおここまでやるものなのかと思ってしまう。

 外から差し込む紅い光に照らされた部屋で、アドワーズは改めて此度の歓談を振り返っていた。短い時間であったが、ウェルングとデアルムはかなりの意気投合をしていたようで、信頼を勝ち取ったことで没収されていた剣も今は手元に置かれている。


「あの軍事参謀のエルフめ、前々から怪しい動きをしていると思っていたが、まさかこんな仕掛けをしていたとは……」


 オルランディア王国軍事参謀官、ツァオベーラ。またの名を、並び立つ者なきツァオベーラ(自称)。王を前にしても不遜でいられるのには、それなりの理由があった。


死体蘇生術ネクロマンスなんて、あってはならないものです」


 彼女の前では、死んだ後でも玩具として扱われる。そして倫理観の欠けた獣の様な存在に、そのような人道を説くことなど意味もない。オルランディアにいた時の頃から、ウェルングはそれを知っている。


「当然じゃ、アドワーズ。しかし改めて考えると、あの女の下で働かされてというのに、よく真っ直ぐ育ってくれたものじゃ」

「えっ? そうですか?」

「ああ。お前達が自覚しておるかどうかは分からんが、あのエルフはお前達のことなど戦争に便利な道具としか見ていなかったからな」


 戦争するにあたって、全ての人員は盤上の駒。その考えを最も忠実に実現できるからこそ、他人を動かす参謀としての地位に彼女はついていた。


死体蘇生そんなものがまかり通るなら、わしとてダーインを蘇生の為に打ち直していおるわい」


 そうしてウェルングは工房に置いていった一振りの折れた剣に、思いをはせる。


「……それで、どうするつもりじゃ?」

「えっ?」

「例の依頼。わしにもお前にもそれぞれ提示されたが、お前の依頼も含めて断っても良いと思っておる」


 ――提示された依頼は二つ。ひとつは腕の立つ鍛冶師として見込まれたウェルングに当てられたもので、更にもう一振り武器を作って欲しいとのことだった。

 必要な素材は全てデアルム側が負担するとのことであったが、どのような武器を作るのかはまだ知らされておらず、また依頼を受けるまでは詳細を伝えることができないのだという。


「武器の納品に二週間というからには、そんなに大規模なものを求めている訳ではないじゃろうが……」


 向こうが何を求めているのかまだ分かっていない状況で、即座に受けるという訳にもいかない。そうしてウェルングはその場は一晩考える時間を貰えるかと尋ねたところ、意外にも快諾して貰うことができた。


「こっちのことも考えてくれるあたり、悪い貴族じゃないんじゃろうが……」


 問題はデアルム卿よりも、その側近であるティアヌス――ウェルングが受けない理由の九割が、この男の存在だった。


(本当に信頼できるのか? あの男は……)


 紅の夜ブラッドムーンの話題の真ん中にいたツァオベーラと同じ臭いが、かの男から感じ取ることができる。人の心に深く入り込んでおきながら、いつでも一歩で抜け出せるかのような、あの男に全幅の信頼を置いてはいけないという直感がウェルングには働いている。


(ゴールドクラット卿はいい人じゃが、あの傍にいる男……それに――)

「――紅の夜ブラッドムーンの最期の日の夜会に出て欲しいと言ってきたが、一体何が目的じゃろうな」

「聞いている限りですと、祝勝会みたいなものとのことでしたが……」


 グールの鎮圧に向かった冒険者を讃えるだけのただの祝勝会なら、別にわざわざ参加する必要性はない。しかしデアルムは紅の夜ブラッドムーンに打ち勝つ姿を見て貰いたいと、戦争孤児と思われているアドワーズを元気づけるかのように参加を促してきた。


「どうせなら鎮圧に参加させて貰えればいいんですけどね……」

「仕方ないじゃろう。お前がまだDランクだという事も踏まえての配慮じゃろうて」


 どちらにしても、返答は一夜明けた次の日の朝。それによってもう一晩過ごすのか、それともこの場を去るのかが決まる。


「……レーヴァンだったら、どうしたのかな」


 個室で漏れ出る、二人の様々な考え。そしてそれを聞く、一人の男。




「――んっふっふ、やっぱりあのドワーフのおじ様、ただ者じゃなかったわね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る