第5節 戦争の道具 4話目

 ――翌日の朝。豪勢な朝食に舌鼓を打ったところで、デアルム側から改めて依頼の話が振られる。


「それで、だ。昨日の話の続きと行こうじゃないか」

「その件についてですが、わしとしても具体的に何を作るのかを言っていただかなければ、二週間という期限では――」

「なぁに、貴殿ならばお手の物であろうものだ」


 そう言ってデアルムはにこやかなままでありながら、ウェルングにとって一番動揺するであろう一言を投げかける。


「――を一振り、作って貰うだけだ」

「っ!? ま、魔剣ですと!?」

「お父様、お下がりください!」


 アドワーズはそう言って父の手を取ってその場の離脱を試みるが、時すでに遅し。


「無駄だ、


 既に包囲網はできている様で、朝食のテーブルを更に囲い込むようにして大勢の近衛兵が二人に向けて剣を抜いている。


「我が家の護衛は皆それなりの経験を積んでいる。それに君の本体であろう剣は、律儀にも部屋に置いていってくれているようで助かる」

「っ、どうして私の名を……!」

「簡単な話だ。ティアヌス」

「はい、こちらに」


 それまでその場にいなかった、デアルムの一番の側近たる男が姿を現す。その瞬間にウェルングは、自身が抱いていたかすかな不安感に確信を覚え始める。


(やはりこの男、ただ者ではなかったか……!)

「全く、駄目よアドワーズちゃん。いくらお呼ばれしているからって、敵地かもしれない場所で盗聴を考えないなんて」

(っ、昨日の会話を聞かれてた!?)


 そう思って振り返れば、いかに自分が不用意だったかを痛感させられる。

 アドワーズ、ダーイン――魔剣部隊の固有名詞を、誰もいないだろうとぺらぺらと喋ってしまっている。


「この際だ、ついでに私の自慢話を一つ聞いて貰えるかな」


 そういってデアルムはあくどい笑みを浮かべて席を立ち、悠々と歩き回り始める。それと共に何故オルランディアに一番近いこの地が戦地とならないのか、とうとうと語り始めた。


「そもそもこのボールトン領、オルランディアの真横という地でありながら、私がここを治めるようになってから攻められたことが一度もない。それは何故だかわかるかね?」

「……そういうことか」


 即座に理由を察したウェルングだったが、デアルムが語る内容はそれとは少し話が違っていた。


「私はこう見えてカリスマ性の塊のようなものでね。ウェスノールやメリーディアの要人とも交友関係がある。その為この地は攻めづらく、またオルランディアとしてもこの地を足掛かりに攻められるのをきらってか、私を懐柔しようと友好的な態度をとっているんだ」


 その中にはヴォーチアを呪いの地としたことに対する反省も多少は含まれているのかもしれないことは、今の彼らが知る由もない。しかしあくまでデアルムは、自らの魅力によってこの地が成り立っていることを強調している。


「そうした成り立ちからか、この地には情報が多く転がり込んでくる。その中にはもちろん、魔剣部隊の今の情報も流れてくることもある」

「……っ!」


 ――つまりは既に、知られていた。そうアドワーズは理解すると共に、簡単に話に乗ってしまった自分を恥じてしまっていた。


(あれだけレーヴァンにはバレないようにと釘を刺していたのに、私のせいで……!)

「しかしまあ、私もそう酷い男ではない。先ほども言った通り、条件さえ飲んでもらえるのならこの地での永住を許可することも、やぶさかではない」

「……その条件とは何じゃ」


 半ば答えは決まっている。後はさっき聞いたばかりの言葉を、繰り返し耳にするだけ。


「だからさっきも言っているだろう? ――私の為に、魔剣を一振り作れ。素材ならこちらで全て用意する」

「さっ、こちらの契約書にサインを」


 手際のいい側近ティアヌスが契約内容の書かれた羊皮紙とペンを持って、今度はウェルングの目の前にまで接近する。


「ここにサインをすれば、ここまでの苦労全てが報われるチャラになるわ。ここで魔剣をもう一振り、ちょいちょいっと作るだけで――」

「っ、わしはもう魔剣を作らないと決めたんじゃ!!」


 ティアヌスの言葉をかき消すように、ウェルングはハッキリと断りの一言を叫ぶ。


「……良いのか。さっきも言ったが、私はここでは情報通でありなおかつあらゆる国に顔の利く存在。つまり私の提案を却下するというのなら――」

「それでもっ! わしはもう魔剣を、子供達を戦争の道具として生み出すつもりはない!!」

「……!」


 その言葉はすぐ近くにいた、アドワーズの耳にも届いていた。


「……貴殿程の人物であれば、知っておるじゃろう。オルランディアの王がどういったものなのか、わしがどうして追い出されたのか」

「……知らない訳ではないが、追放された本人たる貴様の方が詳しいであろう」

「あの男を狂わせた原因の半分は、わしにある。最強の部隊を作るなどという謳い文句に踊らされたわしが王の赴くがままに魔剣を作った結果、あのような戦争ばかりを繰り返す軍事国家の形成の一端を担ってしまった」

「…………」


 ――そしてその末に、兄弟ともいえる魔剣同士で争うような結末を迎えてしまった。


「……わしはもう、あの王を生みだすような真似をしたくない。最初は戦い方すら知らなかった魔剣子供達に、戦争を教えるような真似などしたくない」

「……つまり貴様は本当の意味で、そこに連れているアドワーズを娘として扱っていると」

「それの何が悪い。わしが生み出した魔剣なら、わしが愛してやらんでどうする?」


 この言葉を前に、デアルムですら次の言葉を発しようとはしなかった。ただ父親としての姿を見せるウェルングの、次の言葉にじっと耳を傾けている。


「今この子達が望んでいるのはごく普通の冒険者。ならばわしはそれについていくだけの、しがない鍛冶師にでもなろう。まあ、レーヴァンの方はわしを世界一の鍛冶師にしたい様じゃが」

「なっ、レーヴァンって――」

「黙っていろティアヌス。……で、あるならば何故再び武器を作っている。鍛冶師としてなら、鍋でも農具でも作っていればいい」

「それは昨日も言った通り、わしは独学でやってきたから武器しか作れない。武器なら、いくらでも作ってやれる。しかし意思をもつ魔剣はもう、二度とつくる気はない。わしはもう、子供達を戦争に送り出すつもりはない」

「……そうか」


 デアルムは残念そうに静かにまぶたを閉じ、軽く二回手を叩く。その所作にアドワーズは遂に始末にかかるのかと覚悟したが――


「――ほら! 私の言った通りじゃないか! ウェルング殿は別に戦争狂いの狂人ではないと!」

「ほんっとにもう、デアルム様ってば人を見る目だけは完璧なんだから!」

「……へ?」


 二回の拍手は兵を退かせる合図。そしてそれと同時にその場の緊張感は一気に薄まり、代わりに昨日以上の歓迎ムードがその場を包み込む。


「いやーよかったよかった! ウェルング殿は戦争大好き魔剣大量生産ドワーフなどではないと私はずっと思っていたのだが、ティアヌスが疑いを持ったままでな!」

「そりゃ疑うわよ! かの魔剣部隊を生みだしたとんでもない鍛冶師が、どうしてこのボールトン領に踏み入ったのか誰も意図が分かる訳ないじゃないの! 下手したらここが第二の侵攻拠点にでもなるのかと思ったわ!」

「そんな訳なかろう。何故なら私は人呼んで人脈の中心人物、デアルムだぞ!」

「……一体、どういうことじゃ……?」

「いやいや、すまなかった。改めて落ち着いて座って欲しい」


 何が何だか分からないまま、ウェルングもアドワーズも目を丸くしたまま改めて席に腰を下ろす。


「本当にすまない。諸君らが魔剣と魔剣を生みだした鍛冶師という事自体は、昨日知ったことでね」

「ゴメンなさいね、盗聴というよりたまたま部屋の前を通ったら聞こえちゃって。それで一応デアルム様と相談して、一芝居打ってみることにしたの」


 最初は立派な剣を打つ謎の鍛冶師。そこから実は魔剣を作り出していた曰くつきの鍛冶師。最後は魔剣を作りながらも立派な人格者として認められる鍛冶師として、ウェルングは二人から評価されていた。


「じ、じゃあ依頼の件は――」

「それはそれであるにはある、が魔剣を作って欲しい訳じゃない」

「あたしは作って貰えるなら作って貰った方が今後の国防において良くなると思うけど、本人が嫌だってものを作らせる気もないし」

「依頼したいのは冒険者の武器。それも私が後援スポンサーをしているとあるパーティについてだ」


 そこから話は再び、真面目なものへと切り替わっていく。


「四人いるんだがいずれも普通の武器だとすぐに壊してしまってな。その依頼だ」

「期間も長めに取ってあげるから、できれば四本それぞれ作って欲しいの」

「そういうことか……」


 ここでホッとした様子のウェルングであったが、まだ事態の納得が出来ていないものが一人。


「……っ、私は納得できません!」

「あら、どうしてアドワーズちゃん?」

「お父様のことは分かりました。でも私は、魔剣である私が同じように歓迎されるとは思っていません!」


 その言葉の裏の意図を即座に察したのは、ティアヌスだった。彼女だけが紅の夜ブラッドムーンに言及し、そして身の上を隠そうとしていた。その事が即座に脳裏に浮かんだからだ。


「……じゃあ、あたしから一つだけ質問していいかしら? それ次第で貴方の扱いを決めさせてもらうわ」

「どうぞ。なんでもお聞きください」


 そこでティアヌスは一言でこの紅の夜ブラッドムーンに対する彼女の考え、そして祖国であるオルランディアへの考えを見抜く質問をする。


「――呪術師ツァオベーラについて、貴方はどう思っているの?」

「…………」


 アドワーズは沈黙した。それは彼女をどう評すれば正解なのか、という訳ではなく、どう言ってやれば彼女を表現できるのかに詰まっていたからだ。


 そうしてしばらくの沈黙の後、たった一言。


「……あの人は、私にも理解ができません」

「……そう、よかった。もしあの狂人を理解できるというのなら――」


 ――貴方だけでも捕えなくちゃいけなくなるもの。

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