第4節 わし、腹の内を探られる 1話目

「――到着にてございます。お足もとにお気をつけてお降りください」


 夜であるにもかかわらず、空の色は紅く染まっている。そして普段なら暗くて見えない筈の足元ですら血の池に足を踏み入れるかのような、暗いながらも赤を認識できる。

 剣がまだ使いの者の手に握られていることを確認しつつ、アドワーズは先程の世間話の延長の様に空について質問をする。


「この空模様はビゼルラでも見られるのですか?」

「ええ、はい。ご存じの通り、ここからヴォーチアへは二日ばかりかかる距離でありながらこの空模様。そしてビゼルラからだと半日程度の距離でしかなく、当然ながら同じような空が広がっているかと」


 つまり今頃は同じ空の色をレーヴァンも目にしているということ。アドワーズは今頃愚弟レーヴァンが何をしているのかと思いつつ、目の前にある屋敷へと視線を向ける。


「……大きいですね」

「そうじゃな」


 後に続いて馬車を降りたウェルングが、アドワーズに同調する。そして同じように上の方を見上げて一通り屋敷の外観を眺めた後、先を行く使いの後を追っていく。


「いつまで見ておるんじゃ、アド。先に挨拶を済ませんといかんぞ」

「あっ、はい! すぐ行きます!」


 屋敷に招かれるのは、これで何度目であろうか。しかし父と共に招かれるのは、今回が始めて。


(お父様に恥をかかせないように、私がしっかりしないと……!)


 普段であればイスカがフォローに入ったりもするが、今回はそうはいかない。そうしていつも以上の緊張感を持ったアドワーズは、気持ちを切り替えてウェルングの後を歩いていくのだった。



          ◆ ◆ ◆



「――ようこそ、私の屋敷へ。私がこのオルランディアに接するポールトン領を治めている辺境伯マーキス、デアルム・“マーキス”・ゴールドクラットだ」


 一目で貴族と分かる服装に、周りの者が恭しい態度をとっているところ、そして何よりも本人が名乗り出ているところから、目の前の小太りの男がデアルム卿であるとアドワーズは理解する。

 ――理解はするがいまいち貴族らしいオーラというべきか、気品はあるが尊敬すべき人物とは思えない、どちらかといえば小賢しいという印象が先に来る。そんな感想をこの時のアドワーズは抱いていた。

 そしてウェルングはというと――


「――これはこれは、お初にお目にかかります、。わしの名前はウェルング。今はアイアンスミス工房に身を寄せているだけの、しがない鍛冶屋でございます」

「ふむ? 流れの者とはいえ、貴族に対する接し方に慣れているな」


 貴族との対面でよくある最初の失敗として、使いの者がファーストネームで呼んでいるところからついつい同じように呼んでしまうものがある。そうして大抵は少しばかり笑いものにされるのがよくある庶民と貴族との歓談のネタなのであるが、ウェルングは初対面を相手にその家柄、血筋を讃えるかのように名字ファミリーネーム、つまりゴールドクラットの名で呼ぶことで敬意を示した。


「いえいえ。昔とある貴族の下で働いていた経験もあったもので」

「なんと! そうだったのか! だとすれば、貴殿を手放したその愚かな貴族は、さぞかし悔しがっているだろう」

「……そう言っていただけるとは、長年槌を振るってきた甲斐がありました」

「…………」


 あまりにも手慣れた様子のウェルングであったが、それもよく考えてみれば当たり前の話。貴族以前に王宮に仕えていた身なのだから、それなりの礼儀作法も知って当然。てっきりこと後は社交界経験者たる自分が色々とフォローを入れるつもりだったアドワーズが、この事実を前に呆気に取られている。


「……ほら、挨拶をせんか!」

「は、はい! お初にお目にかかります、ゴールドクラット卿。私は父ウェルングの娘で、アドと申します」

「ほう、娘か! ……種族が違うが?」

「実は娘は戦争孤児でありまして、男手一人ながら、わしが拾って育てているのです」

「それはそれは! 大変だっただろうに! おーいティアヌス! 早く案内しろ!」

「あらあら、てっきりデアルム様がご案内されると思っていましたのに」

「だからなんで私が案内するの!? 私この屋敷の主よ!?」


 奥から現れたのは長身の男。先ほどの紹介がなければこちらの男の方が、気品のあるオーラを醸し出している――ような気がした。

 しかし実際男が近づいてくるにつれ、女性の様に綺麗に化粧で着飾っており、そしてなよなよっとした雰囲気が伝わってくる。


(……何よこれ? もしかして変態?)

「あら? 人の顔を見るなり怪訝な表情を浮かべるなんて、失礼ね」

「あー、まあ……紹介するのはもう少し後にするつもりだったが、この男は――」

「私はティアヌス。デアルム様の一番の側近であり、デアルム様を楽しませる為に道化であり続ける男」

「自分が楽しんでいるだけだろ」

「そしてなにより……貴方達の腕前を、見抜かせてもらった男よ?」

「っ!?」


 ――どう考えても、あり得ない。こんなふざけた雰囲気の男に剣の――武器の何が分かるというのか。


「さてさてー、アドちゃんって言ったかしら? 随分と警戒しているみたいだけど――」


 ――折角のこの機会だし、楽しくお話しましょうね?

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