第4節 わし、腹の内を探られる 2話目

 晩餐ばんさんを開くに値する時間に到着したウェルング達の前に、早速とばかりに豪華な食事が並べられる光景が広がる。


「折角来てもらったのだ、ディナーでもいかがかな?」


 長テーブルに座るのは恐らく四人。しかし出てくる料理の量は明らかにそれ以上の人数をもてなすかのような、様々な料理が並べられている。


(美味しそう……って、ダメダメ! この場にレーヴァンがいたら笑われちゃう!)


 普段は慎みを持つアドワーズですら、数々の料理から漂うエーテルを前に思わずつばを飲み込んでしまう。そしてウェルングはというと、あくまで接待される身として申し訳ないと一旦は遠慮の気持ちを示した。


「なんと、わしらのような流れ者にこのようなもてなしをして貰えるなど勿体ない――」

「遠慮することはない。私が歓談を望んだのだ」


 そう言ってデアルムはウェルング達に席に着くよう促し、自身もまたいつも座っているのであろう上座の席へと腰を下ろし始める。


「時間帯も時間帯だ。食事でもしながらの方が弾むだろう」

(確かにお腹もすいちゃったし、ちょっとくらい食べても……でもその前に)


 気持ちとしてはすっかり夕飯を頂くつもりのアドワーズであったが、その前にまずは確認しておかなければならないことがある。


(私の本体……ちょっと目の届かないところではあるけれど、位置はそんなに離れていないみたいね)


 どうやら一泊することを前提として客室まで準備されているのか、剣は別の部屋へと運ばれて行ったことを感知したアドワーズは、ひとまずは剣霊化が解除されない位置であることを知って一人安心していた。


(これならば怪しまれることもないし、いざという時は剣から再度実体化してお父様を連れて逃げることもできる)


 万が一でも父を守ることだけは頭に入れておきながら、アドワーズはひとまず目の前に広がる料理を見回す。


(……まあ、ちょっとくらいなら良いわよね)


 この状況をレーヴァンが知ったならば、「どうして俺も連れて行かなかった」とごねていただろう。それほどまでにこの地域の特産品らしきものも含めた豪華な料理が今も次々と並べられていく。


「さて、まずはこの度のコンペの中から選ばれたウェルング殿を祝すと共に、この出会いをもたらしてくれた運命の神シクザルに感謝の意を表して……乾杯!」

「乾杯よぉー!」

「って、いつの間に貴様も紛れておる!?」


 本当にいつの間に、といった様子で紛れ込むティアヌスに調子を崩されたのか、社交界経験のあるはずのアドワーズはぎこちなくグラスを掲げると、その中の飲み物を軽くあおった。


「……美味しい」

「それは良かった。上物の果実酒を用意した甲斐があった」

「ほんと、これ美味しー!」

「貴様はいつもこっそりと飲んでいるだろ! 分かっているんだからな!」

「いやー! ゴメンなさーい!」


 ティアヌスとのやり取りはさておき、思わず口に手を当てて驚いてしまうほど熟成の進んだそれは、オルランディアでもあまり飲んだことのないものであった。


「お父様、これ美味しいですね」

「ああ、そうだな」


 思わず感動を露わにするアドワーズとは違って流石は大人というべきか、ウェルングの反応は薄いものだった。しかし一口でグラスが空になっていることから、この酒がいかに美味かったのかを雄弁に語っている。


「流石はドワーフ、お酒は行ける方かな?」

「恥ずかしながら、地元ではうわばみと呼ばれておりました」

「はっはっは! だったらもっと飲むといい! 他にも勧めたいものがあるのだ!」


 てっきり庶民として下に見られるポイントかと思われたが、どうやらデアルム側もそれなりに酒を飲むのが好きなようで、ウェルングと意気投合している様子。


(……よかった、話が穏やかに進みそうで)


 てっきりもっと貴族らしく色々と上から言われるものと思っていたアドワーズは、ホッと息を漏らして一安心していた。しかしそれもまたすぐに、緊張へと切り替わることになる。


「――それで、私から質問いいかしら?」


 本来ならば役割として従者ティアヌスが場をほぐし、貴族デアルムが緊張感のある話を持ち込むのが筋だろう。しかしこの場においては二人の役割は全くもって逆転している。


「コンペに出して貰った剣だけど、とても良い剣だったわ。それにアドちゃんがいつも身に着けているという剣も、ちょっとだけ刃を見せて貰ったわ」

「っ!?」

「も、もう確認されたのか?」

「ええ。護身用とはいえ使われていないのか、刃こぼれ一つなくとっても素敵な刃だったわ」

(――いえ、これはブラフ。剣を抜かれたのなら私もそれを察知できるはず)


 アドワーズからすれば、素手で刃に触れられることは実質ボディタッチされるようなもの。ただでさえ戦場で研ぎ澄まされた知覚を持つアドワーズに対し、感知されずに触れるなど至難の業。


 言っていることは確かに間違っていない。ウェルングから手入れを受けているアドワーズの身体には、傷一つない。しかしここまで剣を見る目のある男が、剣が使われているのかどうかまで見抜けない訳がない。


(ゴールドクラット卿よりも、こっちを警戒するべきね……!)

「流れ者とはいえ、これだけの腕前があれば名前ももっと売れているはず……それなのに気になっちゃって」

「名前が売れる前に、とある貴族に囲われまして」

「そうなの……その貴族の名前は? 差し支えなければ教えて貰いたいわ。だってこんなに立派な剣を作る人を手放すなんて、よっぽど愚かな人なんでしょうから!」

「……それは――」


 ――言えない。言える訳がない。元の雇用主が他の誰でもない、オルランディアの国王とあれば、彼らの顔色など一瞬で変化してしまう。ウェルングは一旦言い淀んだ後、今の自分が抱いている気持ちを上手く包み隠してティアヌスに理由を話すことにした。


「……大変申し訳ないが、離れた身とはいえそこに後ろ足で砂をかけるような真似はしたくないので」

「そう……」


 流石にこの話題については、ティアヌス側も深く詮索する訳にもいかない。そうして話は一旦打ち切られたものの、再びティアヌスから別の質問が飛んでくる。


「それじゃあ質問を返させてもらうわね。その腕前、相当なものなのは間違いないのだけれど、どこの工房で学んだのかしら? ドワーフ族で言えば――」

「工房ではなく、独学でわしはここまでやってきました」

「えぇっ!? ど、どどど独学!?」

「……知らなかった」


 これには思わずアドワーズも驚愕の声を漏らす他なかった。というより、父から自分の過去の話を聞くのは、これが初めての事だったからだ。

 改めてかつて王国で勤めていた時代を思い返せば、父と会話を交わしたのは手入れの時の世間話程度で、それ以外で話す機会など殆ど無かった。しかしそれでもアドワーズにとっては、その時間こそが一番の幸福を感じられる時間だった。

 戦争や軍略の話をすることもなく、ただ単に他愛のない話をするだけ――それもアドワーズの方から話すことが多く、父はというとそれをひたすらに耳を傾け聞いてくれていた。

 もしかすると、レーヴァンの方が父親ウェルングと具体的な話をしていたのかもしれない。だからこそ具体的に父親の名を広めることを目的として打ち立て、今回の国外脱出を企てたのかもしれない。

 そう考えると、アドワーズは急にこの場にいるべきではないのではないかという考えに陥ってしまう。


(貴族との交流経験は私の方が確かに上。でもお父様の事を知っているとなれば、レーヴァンの方が上……)

「本当は私の方こそ、ここに来るべきじゃなかったのかな……」


 誰かに聞かせるような声量でもなく、思わず小さくつぶやいてしまう。

 そしてそんな言葉が耳に届いていたのか、あるいは偶然なのか、ウェルングは自身の事よりも娘のアドワーズについての自慢話を始める。


「わしの事を色々と褒めて頂けるのは大変光栄に思いますが、実は娘も中々凄いことを最近成し遂げまして」

「えー? 何? ちょっと気になるじゃない?」

「ほう、まさか同じように鍛冶師を志すようになったとか?」

「そうではないのですが……最近弟と一緒にギルドに登録することになって、そこで何と娘はFランクスタートではなくDランクからのスタートとなっているんです」

「えっ!? ってことは、最近噂の新規気鋭のルーキーって貴方のコトだったの!?」

「えっ、あっ、そのっ……新規気鋭かどうか私は分からないですけど――」

「それなら聞いたことがあるぞ。神速の剣捌きを見せる若き女性騎士と、同じく若いながらに馬鹿げた火力を持つ魔法剣士の話だが……まさか貴殿だったか!?」


 突如話題の中心に晒されたアドワーズは戸惑うばかり。そして話は更に大きな話題へと変わっていく。


「――だとすれば、明後日の紅の夜ブラッドムーンの際には大きな活躍を残すだろうな!」


 デアルムはそう言って上機嫌となったが、対照的にその場は冷えた空気へと変わっていく。


「……あれ? 私の言っていることはおかしいか?」

「ちょっとデアルム様、お耳を拝借」


 そう言って席を立ったティアヌスは、デアルムの耳元で静かに耳打ちをする。


「……なんと! それは――」

「ゴメンなさいね、アドちゃん。デアルム様には戦争孤児の詳しい話までは事前にしていなかったの」

「あっ、いえ! お気になさらず!」


 既に使いの者からある程度の情報を得ていたのか、ティアヌスはとっさにその場をフォローして場をまとめる。


「大変すまなかった。紅の夜ブラッドムーンについては忘れてくれ」

「いえ、先ほどはショックで何も言えなかったのですが、紅の夜ブラッドムーンについて、私は知っておくべきだと思うのです」


 それは戦争で両親を失った身として――ではなく、その戦争において多くの人々を手にかけてきた者として、知る責任があるとアドワーズは思っていた。

 そしてその言葉がどういう風に伝わったのかはともかく、デアルムはそれまでのにこやかな雰囲気から、まるで戦争前の盤面整理をする指揮官としての厳粛な雰囲気を持って、誠意をもってアドワーズにその戦争を語ることを告げる。


「……分かった。私もその戦争に参加した身として、その全てを語るとしよう」


 ――紅の夜ブラッドムーンの起こる原因となった、とある呪術師の話も含めてな。

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