第2節 戦争の傷跡 1話目
「――ウェルングさん! ウェルングさん大変です!!」
「何じゃい朝から騒々しい」
工房復活の噂が立つ中、様子を見に来た客も少しずつであるが立ち寄るようになってきた。そうした中で更に工房に客を呼びこむべく、とにかく何か売るものを提供すべきだとウェルングは考えた。
そうしてコンペティションの結果待ちの間も日銭を稼ぐべく、鍛冶場を借りてこの日四本目の
「今すぐこっちに来てください!」
「一体何じゃ。客の対応ならお前さんに任せると言った筈じゃが――」
「でっ、ででで、デアルム卿の使いの方が来ているんです!」
「デアルム卿……?」
「この辺一帯を取り仕切っておられる
「何じゃと?」
「辺境伯……ですか」
いつものように家の掃除などを手伝っていたアドワーズと、鍛冶場で暇そうに足を伸ばしていたレーヴァンとが、その言葉を聞いて緊張感を帯びる。
「……嗅ぎつけられたか?」
「いえ、そんな筈はないわ。それよりも可能性としては、例のコンペの件の話のだと思うわ」
「そうだったらいいけどよ……」
ひとまず様子を伺う為にも、アドワーズはそれまで手に持っていた箒を壁に立てかけてウェルングの後を追う。
「……ヴァンはどうするの?」
リェルナもいる手前、前もって決めていた偽名でもってレーヴァンに呼びかけるアドワーズだったが、当の本人はそれを忘れているのか、キョトンとした表情でアドワーズの方を向くばかり。
「……ねぇっ! ヴァンは、どうするの!?」
「あっ、ああ! 俺もついていく。親父殿に何かあった時には火祭りにあげなきゃいけねぇからな」
「まったくもう、すぐに暴力に繋げようとするんだから!」
言葉ではレーヴァンの乱暴さ加減に怒りを露わにしているが、本当の怒りの原因はそこではない。
(貴方まさか、偽名を忘れた訳じゃないでしょうね!?)
(忘れてねぇっての! ただちょっと最近考え事を――)
(それを忘れてるっていうの! まったくもう……)
小声でのやり取りはリェルナの耳に届くことはなかったが、その様子はまるで間の抜けた弟を叱る姉の姿として映っている。
「
「もう! ……あっ……お見苦しい所を見せました」
「いえいえ! 私も姉がいたので、ちょっと懐かしいなって思っちゃって」
「そうなんですね……あっ、ちょっと待ちなさい!」
話している間にそそくさとその場を立ち去っていくレーヴァンの後を、アドワーズも慌ただしく追って行く。
その背中を見送りながら、リェルナは少しばかり昔の思い出に浸るかのように、一人微笑んでいた。
◆ ◆ ◆
「お初にお目にかかります、ウェルング殿。私はこの地の領主であられるデアルム辺境伯にお仕えしております、ボウムと申します」
「これはこれはご丁寧にどうも。わしの名はウェルング。見ての通り、しがない鍛冶師じゃ」
王宮に仕えていたウェルングにとって、それは久しい出来事であった。王宮に仕えるようになったのも、オルランディアのとある貴族に召し抱えられたがきっかけであった。
「しがないだなんて、とんでもない! デアルム様は此度のコンペティションに提出された剣に大変感動なされたご様子で、是非とも屋敷へと招待したいとのことで招待状を届けに参りました」
「招待状……わしにか?」
てっきり今回の報酬の受け渡しについてのみと思われていたのが、相手は屋敷へ招待したいのだという。
「はい。このようなことは非常に稀で、実に光栄なお誘いでございます。デアルム様はその貴方様の鍛冶師としての腕前に興味を持ち、ご歓談を望んでおられます」
「ううむ……」
「ちょっとまずいかもしれないわね……」
辺境伯、という言葉を耳にした二人は姿を現す直前で足を止め、物陰で衛兵の様子を伺っていた。
オルランディア側の国境近くを任されている存在ともなれば、隣国にて最強と名高い魔剣部隊のことを知らない筈がない。かといってウェルング一人で行った場合、拘束されてしまえば最悪の展開が待っている。
「……最悪乗り込んで
「さっき暴力沙汰は駄目だって言ったばかりでしょ!」
そうしてコソコソしすぎている内に衛兵の注意を引いてしまったのか、ウェルングではなくその後ろに向かって警告の一声をあげる。
「……ん? そこで何をしている!」
(っ……どうするんだよ)
(貴方が物騒なこと言うから……!)
「速やかに姿を現せ! それ以外の下手な動きは敵対行為とみなし、即座に拘束させてもらう!」
先に気配の正体に気づいたウェルングが何とかなだめようとするが、衛兵は自等に与えられたもう一つの使命である、ビゼルラの街の警備任務を遂行しようとしている。
「ああ、あれはわしの――」
「三つ数えるまでに出てこなかった場合、こちらから向かわせてもらう! ――ひとつ!」
衛兵の手が剣の柄の方へと伸びていく。素早い決断が求められる状況の中で、アドワーズは遂に姿を現すことを決意する。
(ちょっと待って。私が出るわ)
(おい! テメェ、自分が
(いいから、貴方はここにいなさい)
そうして物陰から姿を現したのは、アドワーズただ一人。
「……もう一人いたような気がしたが」
「いえ、私一人です! お父様が貴族に呼ばれたと聞いて、居ても立っても居られずに様子を見てました!」
「そうだったのか……ん?」
「……はい?」
あくまで盗み聞きをして気まずい雰囲気を――といった様子を演出していたアドワーズであったが、この時点でそもそも根本的な疑問点があることに気がついていなかった。
「……ウェルング殿は、ドワーフ族であられますよね?」
「ああ。そうじゃが――」
「娘さんはどう見ても人間の女性に思われますが……?」
その一言でハッとした表情を浮かべてしまったアドワーズは、慌てて取り繕うかのように弁解の言葉を探し始める。
「あっ、あの! ち、違うんです! これは――」
「この子は旅の途中で拾ったんじゃ。もう一人弟もいるが、どうやら恥ずかしがって出てこないようじゃのう」
これはウェルングによるとっさの機転だった。恐らくは裏で話し合った結果なのであろう、社交性のあるアドワーズが表に出て、レーヴァンが様子を伺っていることを察したウェルングは先にもう一人の存在をほのめかすことで、出てきても出てこなくても何ら不自然ではない状況を作り上げている。
(流石は親父殿、これで俺が出てこなくてもオッケーってか)
(素晴らしい機転です、お父様)
「そうだったのですか……確かにここ最近では戦争も多く、そうした孤児を引き取って育てておられるとは、立派な
「はい! お父様のお陰で、私も弟も生き永らえることができたのです」
アドリブに乗っかる程度であれば、これまで何度もやってきた。そうしてアドワーズが話を合わせて信ぴょう性を高めたことで、さっきまで警戒していた衛兵の態度も和らいでいく。
「ならば是非とも、ご息女もご一緒に!」
「まっ、まあ! 嬉しいです!」
(ひとまずアドワーズが
念の為に剣霊としての姿も消して、物陰に立てかけてある一振りの剣としてレーヴァンが様子を伺っている中、屋敷への正体の話はトントン拍子に進んでいく。
「それでは明日の同じ時間にお迎えに参ります。ご子息もお連れになられても大丈夫と思いますので、是非ともお話をしておいて下さい」
「勿論、息子にも伝えておこう」
「それではまた」
別れ際に敬礼を済ませて立ち去っていく衛兵の背中を目で追いつつ、ウェルングはぽつりとつぶやく。
「……ヴァンも連れていくべきか?」
「いえ。私を魔剣と見抜いているかどうかまだ定まっていない中で、彼を連れて行くのはおすすめできないかと」
「それはどういうことじゃ?」
「ヴァンは……あの子は――」
――あまりにも戦争で恨みを買い過ぎているからです。
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