第1節 新たな剣の行方 5話目
――結局この日レーヴァンが帰ってきたのは日が沈んでからという、かなりの遅い時間となっていた。
「いくら何でも遅いわよ! 私とお父様がどれだけ心配したか――」
「悪かったって。ちょっと面倒なヤツに絡まれてよ――」
「お父様に至っては思い悩んだ挙句今度はレーヴァンまでもが折れて帰ってくるんじゃないかって、心配してたのよ!」
「まっ、まあまあ! 冷静に考えればレーヴァンも子供じゃあるまいし、帰ってきたからよしと――」
「いいえ駄目ですお父様! ここで甘やかすとレーヴァンはまた付け上がります!」
かえって早々の説教。背もたれに腕を回して椅子を揺り動かす様子はどう考えても反省している者の姿ではなかったが、レーヴァンは少なくとも
「……気持ちの整理はつけられたか?」
「面倒なヤツに絡まれた」と言っていたが、その時の表情は満更でもなさそうに思えたウェルングは、あえてレーヴァンに問いかける。
「…………」
「正直、わしもまだ気持ちが追いついておらん。じゃがダーインは、確かにわしらの元に戻ってきてくれた」
「……分かってるよ」
どんな形であれ、ダーインは約束を守った。そして今、彼を弔うことができるのはこの場にいる三人だけ。
「……以前お前は言っておったな。折れた剣を直せば剣霊は甦るのか、と」
「…………」
レーヴァンから預かった
「こうして折れた姿を見て、改めて感じることがある。仮にこの剣を鍛え直し、そこに
「……っ!」
そんなもの認めない。認めたくない――そう強く思ったレーヴァンは、無意識のうちに剣から顔を逸らす。
「……では仮にダーインと瓜二つで同じ考えを持った剣霊が降り立ったとして、お前はそれをダーインと認めるか?」
「っ、そんなもん、分かんねぇよ!」
「だろうな。蘇ったのが本当にダーインなのか、あるいは同じように鍛え直しただけで、全く違うものなのか。それは誰にも断定できん」
皆が認めたダーインは、既にこの世にはいない。そしてダーインと全く同じ剣も、この世に二つと存在しない。
「……剣を埋葬するのは簡単じゃ。人間と同じで、墓を建てて埋めるだけで済む」
「っ、親父殿――」
「お父様、それは流石に――」
「しかしこれはわしの我が儘になるんじゃが……折れているが為に鍛え直すとなると全く別の武器にはなってしまうが、それでもダーインもこの旅に連れ回したいと思っておるんじゃ」
それは父親としての身勝手かもしれない。ダーインの気持ちが王国側にあることは知っているからこそ、ただの迷惑となってしまうかもしれない。しかしそれでもなお、ウェルングは自分の息子をこの地に置いていくような、寂しい真似をしたくはなかった。
「なっ……!? それって、親父殿――」
「御霊入れはせぬよ。遺品として手元に置いておく方が、寂しくないというだけじゃ」
元は背丈ほどもある長い黒剣。しかしそれが折られた現状、元の長剣と同様のものは作れない。
「この長さじゃと……槍がいいかもしれんな」
「槍……」
「ああ。ダーインは不器用ながらも、真っ直ぐな子だったからな」
「…………」
――兄弟の目と、親の目とでは見えるものが違う。レーヴァンは兄の真っ直ぐな部分に思い立つところがすぐには出てこなかったが、ウェルングには確かに見えていた。
――不器用ながらに妹と弟の世話をし、常に前に立って、歩むべき道を先導していた兄の姿というものが。
◆ ◆ ◆
「――今日の私、どうだったかな? 人間らしく、振る舞えたかな?」
ひび割れた鏡の向こう――無表情の己自身に向かって、語りかける。
所属する組織によってあてがわれた古びた一室にて、装備を脱ぎ捨ててボロ切れだけを身に纏った少女が、独り言を続ける。
「出迎えの任務は失敗しちゃったけど、同じような道具っぽい人とたくさんお話ができたし、たくさん人間らしい事ができた」
その代償として、稼いできた金銭の大半を失った。あまつさえ明日を生きる為に貯めてきた身銭にすら、手を付けてしまった。
しかし少女はそれでも満足していた。なぜならば、人間らしいことができたから。自分なりに人間らしく振る舞い、相手をしてもらったから。
人間であろうとする自分にはお金が必要だが、道具である自分にとってお金は不要の長物。他の者から見れば見知らぬ人間につぎ込んだだけの無駄遣いかもしれないが、彼女にとってはその使い道に間違いはなかった。
「……楽しかったな…………あっ!」
一瞬だったが、自然と頬が緩んで口の端から笑みが漏れる。しかしそれを意識した途端、どうやって笑みを作り出したのかが分からなくなる。
「えっと、えっと……どうやればいいんだっけ?」
両手で頬を揉んで動かそうとしても、いつも意識して作り出しているような、ぎこちないものしかできあがらない。
結局は作り笑顔しかできずに諦めた少女は、鏡の前から離れてベッドへ向かってとぼとぼと歩いていく。
「……また、あの人とお話できるかな」
ふかふかとは程遠い、使い古したベッドの上で横たわりながら、少女は呟きを残してまぶたを閉じていく。
そんな少女の目の端からは、一筋の涙が流れ落ちていた。
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